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2020年に疲れ果てた心の「お薬」に 高橋久美子さんが選ぶ絵本3冊

写真:有村蓮

高橋久美子さんが翻訳した絵本『おかあさんはね』インタビューはこちら

 この一年は、本をよく読みました。特に春や夏頃は眠る前に絵本や詩集をよく読みました。まだこの状況に慣れてなくて心が疲れ果てていたんだと思います。私自身絵本を作ったり絵本の翻訳もしていますが、絵本の底力を感じました。少ない文字数で広い世界を冒険させてくれ、ときに自分におきかえて思いを巡らすと、安心してぐっすり眠ることができました。心のお薬のようで、改めて大人にも絵本を読むことをお勧めしたいと思いました。

 ということで、今日は、生きることや自分を考えるきっかけになった絵本を紹介します。

「星空」(作・絵:ジミー・リャオ、訳:天野健太郎)

 ジミー・リャオさんの絵が好きで手に取った絵本でした。100ページを超える読み応えのある絵本作品で、著者が模写したゴッホの絵が度々出てきたりと、読み返す度に発見や感動があります。この絵本の主人公は孤独な思春期の少女。

 「顔をあげて、星空を見上げれば、世界はもっと大きく、大きくなる…… 世界とうまくやっていけない子供たちに」という序文で、学校や家にどうにも居場所を探せない少女の物語が始まります。

 私達もこの一年は部屋で過ごしてスマホばかり見てしまって、きっとみんな孤独だったと思うのです。うまくいかないとき、何もかもを悪く考えたり、不安になったりしますよね。

『星空』(作・絵:ジミー・リャオ、訳:天野健太郎、TWO VIRGINS)より

 「彼は、迷宮に植えられた植物のようだった。どこに出口があるのか、気にしたこともない。」という美しい一文。突如、少女の前に現れた少年は、孤独を愛しているかのようにいつも一人でした。自分の世界を持つ少年に少女は憧れを抱きます。互いに惹かれ合い、少年と少女は街を抜け出し旅に出ます。それは自分を探す旅でもあった。きっと自分さえ知らない自分がいて、辺りを見渡すとみんなそれぞれの悩みを抱えて生きているのだと思いました。二人の葛藤を見つめながら、私は生きていくこととはなにか、自分とはなんだろうということを深く考えました。

 いろんなことがストップし自分と向き合う時間が増えたからこそ、本当に大切なものが何かを考えた一年でした。自分を見つめる時間は苦しくもありますが、他者を見つめることにも繋がっていくんだなと思ったのでした。そして序文にも書かれているように、生きているのは人だけではないのです。ふとベランダから見上げた青空や太陽に心癒された人は多かったのではないでしょうか。とにかく絵が美しくて、うっとりと眺めるのにもいいです。

『星空』(作・絵:ジミー・リャオ、訳:天野健太郎、TWO VIRGINS)より

「ほんとうのじぶん」(詩:石津ちひろ、絵:加藤久仁生)

 詩人で絵本作家、翻訳家としても活躍する石津ちひろさんと、アニメーション作家の加藤久仁生さんによる詩画集です。最初の詩「ほんとうのじぶん」では、家のみんなが出かけていって、風邪をひいた“ぼく”だけが家でひとり寝ています。

しーんと しずまりかえったいえで たったひとりねていると ほんとうのじぶんがみえてくる

 寂しさと共に自分の輪郭がくっきりと浮かび上がってくる瞬間ってありますね。自分って何なのかと考える時間にもなっていきます。そして、“ぼく”は、一人のときの方が家族や友達のことを思っている自分がいることに気がつくのです。

 まさしく、会えないからこそ誰かを思う日々でした。当たり前ではなくなって初めて、私達は当たり前を見つめ直したんじゃないかな。

『ほんとうのじぶん』(詩:石津ちひろ、絵:加藤久仁生、理論社)より

 また、「ひとりじめ」では、あまりに美しい空をひとりじめしちゃいけないと思って、“ぼく”はお母さんや妹に声をかけるのですが、みんな忙しいといって空を見ません。“ぼく”は一人でいわしぐもや暮れていく空を見つめます。

 「これからのぼくは さっきひとりでながめた こうごうしい いわしぐものすがたを こころのなかに かかえながら いきていくことになるのだな」の一節がとても染みました。人は孤独を抱えて生きるものなんだと、空を見ながら“ぼく”は悟ったと思います。大勢の中にいても、やっぱり“ぼく”という人間は世界にたった一人。それは何とも言えず胸の熱くなる瞬間です。

 孤独は悪いものじゃないと、この詩画集は教えてくれます。いつものように簡単には友達と飲みには行けなくて、実家にも帰れなくて、旅ができなくて。私達はそれぞれの場所から空を見上げたと思います。自分を見つめるためにむしろ一人が必要なときだってあります。加藤さんの優しい絵は、言葉に寄り添うように孤独を謳歌しています。みんなで生きているからこそ一人でいられるということを受け止めました。朝、朗読するのもいい清々しい詩画集ですよ。

「100万回生きたねこ」(佐野洋子)

100万年も しなない ねこが いました。
100万回も しんで 100万回も 生きたのです。

 この始まりに引き込まれていきます。一匹のとらねこが主人公の物語。小さい頃からずっと読んできた大好きな絵本です。大人になった今、そして2020年の非常事態の中で読み返すとき、また違った気づきや思いが湧いてきました。

 あるときは王様のねこだったり、あるときは船乗りのねこだったり、ねこはずっと誰かに愛されながら100万回生きました。ねこが死んだとき飼い主はみんな泣いてくれるけれど、ねこは飼い主を愛していないし、一度も泣くこともありません。あるとき、ねこは、のらねことして生まれます。誰のものでもない、やっと自由を手に入れたねこの人生が始まります。

『100万回生きたねこ』(佐野洋子、講談社)

 作者の佐野洋子さんが映画「100万回生きたねこ」の中で「人はなんで生きているかというと多分他人を愛するために生きている」とおっしゃっていて、100万回ずっと自分だけを愛していたねこが、初めて他のねこを愛したとき、世界は変わるんですよね。尖って生きていたロックなねこも格好良かったけど、愛を知ったねこは、それはもうとんでもなく変わるんです。きっと時間の長さじゃないんですよね。自由と愛の中で生ききったねこは、もう生き返ることはなかったのです。

 読みながら、誰かを愛することや世界を愛することについて考えました。SNSでの誹謗中傷、国と国、人と人が疑い合ったり、罵り合ったり、みんながそうじゃないのに、そういうニュースを聞く度に心が荒んでいくのが分かった。大切なことはもっとシンプルなこと。佐野さんも映画の中でおっしゃっていたけれど、大切なことは目には見えないのだろうと思います。真心とか、優しさとか、思いやりとか。みんなが、助け合い、ないものを補い合い、愛を持って生きられたら、私達は殆どのことを乗り越えられるのだろうと思いました。

 ということで、3冊の絵本を紹介しました。ぜひ本の世界を旅してみてください!