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樺山紘一さん「印刷博物館とわたし」インタビュー 技と文化、歴史家の目で

樺山紘一さん=小山幸佑撮影

 人類の印刷の歴史を伝える民間の博物館を率いて15年になる。「今だからこそ印刷の意味を問い直したいという当初の課題は、ある程度達成されているかなと思っています」

 20年余りにわたる博物館との関わりをつづった。東京大を退官後に引き受けた国立西洋美術館長については「ミュージアムという語感がしめす、自由な開放感とは裏腹に、知的な飛翔(ひしょう)感を受けとる余地があまりにも狭く、やるせない燃焼不足の感をいだいていた」と率直に記す。

 専門は西洋中世史だが、「江戸時代以降の日本の印刷史に、歴史家として関心を持ち続けてきました」。本書に収められた印刷にまつわる14の論考は、過去20年間に開かれた展覧会の図録に寄せたものだ。「展覧会に関わるテーマで、論文として形にできるものだけ書いた」と、妥協しない姿勢をにじませる。

 文字では説明しにくい天体現象が15世紀ヨーロッパで図像印刷によって図解され、科学の成立に決定的な役割を果たしたこと。明治期に日本の通貨制度の信頼を支えたのは、お雇いのイタリア人版画家によって導入された紙幣印刷術だったこと。印刷が文化や社会を形作ってきたさまを改めて知らされる。

 読者を時空を超えた旅へといざなう独特の文体のわけを尋ねると、「動詞と形容詞はできるだけひらがなで書きたい。日本文化の表現ですから」「ラテン語とギリシャ語の修辞法を現代日本語に生かしたい」と明かしてくれた。

 今後も向き合いたい研究対象は、明治初めに多くの学術用語を造語した哲学者西周(にしあまね)だ。「1860年代のヨーロッパの思想世界を自分の言葉で日本人に伝えようとした営みは大変なものだったと思う」としみじみ語る。その講義「百学連環」を再び公刊しようと作業を進めている。(文・吉川一樹 写真・小山幸佑)=朝日新聞2020年12月19日掲載