宇佐美圭司の絵にはいつも人の気配が感じられる。新刊カタログである本書からもそれを感じる。「世界最初期のレーザー光線を用いた芸術作品」を作ったこの画家の考えていたことは何か。晩年に向けて、さらに複雑な大作を仕上げていくとき考えたことは何か。そんな問いに答える優れた執筆陣の、イキイキとした「見る力」。岡﨑乾二郎、高階秀爾の文章は、単なる「カタログの論文」じゃない。読者を画家のすぐ近くまで導く、ぬくもりを持っている。編者の文章もただの解説じゃない。見事に整理された言葉は、絵を前にした我々の背中を、ぽんっと押してくれる。この画家の力が彼らに憑依(ひょうい)したような、テンションの高いカタログ。
3年前、東京大学中央食堂に長年飾られていた作品が、不手際から廃棄されたことが明らかになった。広く報道されたから記憶している読者も多いだろう。本書は、それがきっかけになって生まれたという。「よみがえる画家」とは、失われても立ち止まらないこと、未来へ向かって歩くための言葉だ。=朝日新聞2021年6月5日掲載