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「イサム・ノグチの空間芸術」書評 社会との接点で迫る独創の軌跡

評者: 戸邉秀明 / 朝⽇新聞掲載:2021年07月10日
イサム・ノグチの空間芸術 危機の時代のデザイン 著者:松木 裕美 出版社:淡交社 ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784473044228
発売⽇: 2021/04/24
サイズ: 21cm/255p

「イサム・ノグチの空間芸術」 [著]松木裕美

 20世紀を代表する抽象彫刻家のイサム・ノグチ。石造なのに有機的な丸みで自然と調和した野外彫刻、ぬくもりのある照明や椅子。私たちは彼の作品と気づかずに、すでにどこかで目にしている。近年では景観デザインの先駆者としても、ますます評価が高い。
 その独創性はいかに培われたか。日・米の両親を持つ出自から、日本の文化や自然観に由来を求める解釈は、日本で受けがいい。しかし日本的な要素も、彼が活躍したアメリカとの関係抜きには考えられない。
 大恐慌、第2次大戦、人種差別や都市問題など、大国が直面した危機に、ノグチは積極的にコミットした。「狭間(はざま)にいる」ために「居場所のない」境遇を幾度も味わった彼は、人々が集い、参加する空間のあり方を変えることで、社会の支配的な価値観に挑戦した。本書は、「空間を彫刻する」芸術家に到達するその道のりを、骨太に描き出す。
 もっとも、制作の実現までは困難の連続だった。彫刻を添え物と見なす建築家や行政の無理解が大きな壁となる。悪戦苦闘の中で、遊具や舞台を通じて人々が物語を紡ぎ出す空間を演出する、総合的な芸術家へ脱皮していく。日の目を見なかった計画も掘り起こされ、設計案の変更や関係者との折衝から、創作の軌跡が浮き彫りとなる。
 一見、闘う知識人の一代記のようだが、実態はもっと複雑で、そこが興味深い。ノグチがつかんだ成功の機会は、冷戦期の国家の文化政策や、大企業の広報戦略と深い関わりがあった。彼が手がけた中庭や広場は、ガラス張りの高層ビルが醸し出す強(こわ)ばりを和らげ、別の空間を切り拓(ひら)く。だが同時に、施主の企業イメージや職場の生産性を向上させて、資本主義の覇権(ヘゲモニー)を支える補完物にもなった。
 神秘的な孤高よりも、喧噪(けんそう)と矛盾の中から、現代芸術は生まれた。芸術と社会の接点に新たな視角で迫る本書から、私たちはより等身大のノグチに近づける。
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まつぎ・ひろみ 国際日本文化研究センター助教(20世紀アメリカ彫刻史)。パリ第8大で芸術学の博士号。