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印度カリー子さん、スパイス苦手だった過去 今や伝道師「5年で日本の家庭料理に定着する!」

印度カリー子さん=北原千恵美撮影

実はスパイスが苦手だった

――カリー子さんは小さいころから料理好きだったそうですが、その理由は何ですか?

 物心ついたころから、食べることや料理することがすごく好きでした。これは私という人間の遺伝子レベルの性質のようなものだと思います。両親も祖父母も食べることが大好きだったという環境もあって、食に対してとても関心があったんでしょうね。素材を組み合わせると、一つひとつからは想像できないものが生まれる、そういったギャップのような魅力にハマったんだと思います。

 スパイスはその最たる例かもしれないですね。一つひとつは特徴的な香りをしていて、中には人があまり好ましく思わない香りもあるわけです。でも、それを少しずつ合わせていくと、おいしいカレーの香りに変わる。少し調合を変えるだけで、また違った味わいになる。これはスパイス料理に共通する魅力でしょうね。

――スパイスに目覚めたきっかけは、お姉さんがインドカレー好きだったからだとか。

 5年半前はスパイスの「ス」の字も知らないくらいでしたし、シナモンやターメリック、クミンの香りが嫌いでした。香りが強いものが苦手だったんです。

 でも、姉のためにインドカレーを作り始めたら、「すごいものを見つけてしまった」とダイヤモンドの原石を見つけたような感覚に陥りました。これはインドカレー、スパイスカレー自体に魅力があったから、というところが大きいです。

――スパイスが苦手だったとは意外でした。お姉さんがインドカレー好きでなかったら、スパイス料理研究家として活動されていなかったかもしれないですね。

 もちろんそうです。これは確信を持って言えます。私自身はスパイスが嫌いでも、姉が毎日のようにインドカレーを食べているから、その理由が知りたくて続けることができたのかもしれません。それまで将来の夢や希望も特になかったし、趣味や好きな人も本当に何もなかったのに、スパイスカレーに出会って、こんなにも人生が楽しくなって、仕事にもなって、もう幸せそのものですよ。姉には感謝しかないですね。

「10年以内にブームを起こせる」と確信

――スパイスカレーのどんなところが魅力なんでしょうか。

 スパイスカレーの魅力は大きく分けて三つあります。一つは、非常に簡単な作り方ということ。炒め料理なので、フライパンとコンロさえあれば簡単にできます。テクニックは必要ありません。

 二つ目は、アレンジ性の豊かさです。鶏肉、魚、豆とメインの素材を変えるだけで、全く違った味わいのカレーができる。これはみそ汁と同じです。具材をワカメにするか、なめこにするか、油揚げにするかで味わいが異なりますよね。

 そして三つ目は、使う素材の普遍性と安価さ。基本のスパイスは今や百円ショップにも並んでいて、それ以外の食材も、玉ねぎ、にんにく、しょうが、トマト、これにお肉や魚などのメインとなるものだけ。全国どこのスーパーでも買えますし、最近ではコンビニでも手に入る。「これさえあれば作れる」って、かなり心理的ハードルが下がるんですよ。

――そこから、「好き」を趣味にとどめずに、みんなにスパイスのことをもっと知ってもらいたいと、「印度カリー子」として活動するようになった原動力は一体なんだったんでしょう?

 初めてスパイスカレーを作ったときに、この三つの魅力を同時に感じたのですが、それと同時に「なぜ、こんなにも魅力的な料理が広まっていないんだろう?」とも思ったんです。それから、もっとスパイスカレーを広めたいという気持ちとともに、「絶対に広まる」という確信が湧いてきました。

――と言うと?

 ちょうどケバブ、パクチーと、西アジアと東南アジアのブームが続いていました。韓国や中国などの東アジアはすでにブームになっていたので、残すは南アジア、インドしかないと思ったわけです。独特な風味のあるケバブやパクチーが受け入れられたのであれば、スパイスカレーも受け入れられるはずだと。

 さらに健康志向の高まりですね。市販のカレールウはおいしいけど油っこい、化学調味料が多いなど気にする人が増えました。その点、スパイスはそもそも植物なので、そういった懸念を解消できます。こうした文化的背景と社会的な健康需要を総合して考えて、10年以内に絶対にブームを起こすことができると確信したわけです。

――しかも10年以内に!

 逆に今までなぜブームが起きていなかったのか、原因を分析しました。スパイスの使い方がわかりにくかったり、どれを買っていいかわからなかったりと、初心者にやさしくなかったからではないかと思い、ここを解消すれば一気にブームは広まるだろうと思ったんですよね。それで、初心者に寄り添ったレシピを書くことと、初心者のためのスパイスショップを始めたわけです。

アレンジ性の高さが魅力

――私も自分で作ってみるまでは、たくさんのスパイスを使わないと作れないと思っていましたし、「スパイシー」という言葉もあってとても辛いんじゃないかと尻込みしていました。

 そうですね。そういった誤解を解かなければスパイスカレーは広まりません。私がレシピ本を書くうえで重要視しているのは「簡単さ」をいかにアピールできるかということです。たった3種類のスパイスを使って1:1:1の分量で美味しく作ることができたら、とても簡単なレシピに見えますよね。最初のステップさえ踏めれば、ハマる人はどんどんハマっていくし、アレンジもしていきます。

【レシピはこちら】

――それにしても、かなりハイペースでレシピ本を出されていますよね。今年前半だけでも2冊、そして9月には新刊も出ます。

 そうですね。だいたい1年に4、5冊ずつ。とても光栄なことでもあるし、自分の活動の幅を広げるものだと認識しています。そして、すごく好きなことでもあるんですよね。

 今、インターネット上には無料のレシピがたくさんありますが、単発でおいしく作れるレシピはあっても、それぞれに一貫した考えやつながりはありません。レシピ本を書くことは、各レシピのつながりや一貫した基本のルールなどを伝えられる、自分の財産になるレシピを書くことができる場所だと思っています。

 それと同時に、レシピを手にした人にとっても財産となるようなレシピを書くことが、料理研究家として私がやることだと考えています。単においしいレシピを書くことではなくて、レシピを手にした人が自分でおいしいものを作り出すようになることが大事なんです。その人それぞれのアレンジの元となるアイデアを、レシピ本で示せばいいと思っています。

――ただ、料理の経験があまりなかったり、苦手意識があったりするとレシピ至上主義になりがちで、かえって自由度の高いアレンジって難しそうに感じてしまいます。

 基本の作り方さえ守っていれば問題ないですよ。スパイスカレーはアレンジ性が無限大です。いろんな味わいがあって、どんなレシピで作ってもけっこうおいしくできます。レシピの著者の味をそのまま再現する必要はなくて、作ったものがおいしければいいんです。それがスパイスカレーの豊かさでもあるし、楽しみ方の一つだと思っています。

無駄のないレシピが「きれいなレシピ」

――年間4、5冊のレシピ本を出しているということは、レシピの数としては優に500は超えていますよね。レシピのアイデアやインスピレーションはどんなところから得ていますか。

 レシピは自分の中の知識を組み合わせてできると思っているので、全てのものがインスピレーションになるように普段から行動している気がしますね。あとはカレーに限らず、中東料理やトルコ料理、フランス料理など、さまざまなレシピ本を読んでいます。食材の組み合わせなど、全ての料理、食文化が知識のもとになると思っています。

 暇さえあればレシピ本を読んで作ってを繰り返して、自分の知識の泉が枯渇しないように溜めていますね。週に1冊はレシピ本を買いますし、図書館でも借りたりします。片っ端から気になるレシピ本を読んでいくんですが、面白いことに手元に残る本というのは決まってくるんです。

――どんな本が残るんですか。

 数や食材、作り方に無駄がない、きれいなレシピ本です。逆に、数の使い方が雑だったり、この工程はなぜ必要なのか、この食材じゃなくてはいけないのかといった疑問が湧いてきたりしてしまうものは、美しくないレシピ本だと思ってしまいます。

――カリー子さんが「きれい」だと思うレシピを書く料理研究家は?

 えもじょわさんと若山曜子さんですね。えもじょわさんはYouTubeで大人気のフランス菓子の料理家さんで、数が美しくて、全てわかりやすいです。必要な工程にはその理由が必ず書かれていますし、初心者が疑問に思うことを無駄なく回答してくれています。若山さんはわかりやすいのはもちろん、比較的入手しやすい材料を中心に無駄な食材がない、削ぎ落とされたレシピです。調味料がシンプルなところも好きですね。

――どちらも無駄がないレシピ! レシピ本の読み込み方からしても、カレーやスパイス料理だけに限らず、ふだんからさまざまな料理を楽しんでいるんですね。

 そうですね。週末には姉が実家に帰ってくるので、だいたいお菓子を大量に作って渡しています(笑)。

「おいしい」と食べてもらえるのが喜び

――お姉さんと仲がいいんですね。スパイスにハマるきっかけも、お姉さんのためにインドカレーを作ったことでしたし。

 姉のことがすごく好きなんですよね。多分、自分が作った料理を姉が食べて喜んでいるのが一番嬉しいんだと思います。姉に「今日はカレーじゃなくて素麺が食べたい」と言われたら、自分の中ではカレーを作ろうと思っていたとしても「うん、素麺の気分だ」って言っちゃうくらい。

 料理をする際、何を作りたいか、何を食べたいかっていうことが自分の中で一番重要だと思っていたんですけど、結局、自分が作ったものを「おいしい」と言って食べてもらえたり、私のレシピを実際に作って「おいしい」という体験をしてもらったりするのが一番の喜びなんだと思います。だからこそ、作っておいしいと思ってもらえるようなレシピを書くような工夫をしています。最終的には、これが自分の喜びにもつながるわけです。

――今後はどんなことをしていきたいですか。

 スパイスカレー愛好者の方も少しずつ増えてきているとは思うんですけど、正直ようやく始まったという感じです。なので、裾野を広げていくことはまだまだやり続ける必要があります。新しい組み合わせ、それこそ今年出したレシピ本のような「お弁当」や「レンチン」といったキーワードと掛け算で、新しい切り口をどんどん切り開いていきたいです。

 それと同時に、初心者を卒業し始めた人たち、スパイス中級者の人たちを飽きさせないような、アレンジ性のあるレシピ本や創造的なレシピ本を書き続けることが重要だと思っています。ここは自分の知的好奇心を満たしつつ楽しみながらやっていきたいですね。

 そうすれば、あと5年ぐらいでオリーブオイルやスパゲッティがたどってきたのと同じように、日本の家庭料理にスパイスカレーやスパイスが定着すると信じています。

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