なぜソ連だけが第2次世界大戦で多くの女性兵士を前線に動員したのか。大学在学中に芽生えた疑問をもとに書いた小説が第11回アガサ・クリスティー賞を受けた。先月、デビュー作としては異例の初版3万部で刊行、すでに8刷に至った。
物語の主人公は、ドイツ軍によって母親や村人たちを惨殺されたソ連の少女。似たような境遇におかれ、戦うことを選んだ女性だけで編成された狙撃小隊に入り、過酷な訓練を重ねる。練度を高めた小隊はやがて、スターリングラード攻防戦をはじめとした最前線へ送られる。
「個人と戦争の関わりに昔から興味がありました。はからずも動員され、連帯して戦うことになった女性たちの内面の移り変わりを通じて、戦争の悲惨さを描きたいと思った」
戦場では敵を撃たなければ自分が死ぬ。少女たちを含め、皆が生き延びようと必死になるなかで敵とは誰か。臨場感あふれる前線の描写のあちこちで、性差や出自、軍の階級や所属部隊の違いからくる憎悪や差別がモザイクのように浮かび上がる。
手だれを感じさせる物語だが、雌伏の時期は長かった。文学賞への応募は十数年前から。クリスティー賞だけでも4回落選。励みとなったのが全作品を見るほど好きな押井守監督からのメールだった。メルマガの質問コーナーに不安を書き送ったところ、こんな趣旨の返事がきた。
〈好きな小説を書く時間を長くとれるよう、作家になりたい考え方はしごくまっとうです。しかしながら実際にプロになれるかどうかは、才能だけではなくて世の中の都合だったりするので、ここはあせらずに肩の力を抜いて努力しなさい〉
「毎回、過去最高作と思って応募してきたので、今までと何が違ったのかわからない。ただ冒頭の疑問には自分なりの答えを出したつもりです」(文・写真 野波健祐)=朝日新聞2021年12月4日掲載