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一番怖いのは人間だって? 東雅夫さん注目のホラー・幻想小説3冊

  • 怖ガラセ屋サン
  • 残月記
  • 黄色い笑い/悪意

 怖い話を書かせては、当代きっての名手・澤村伊智(いち)の最新連作短篇(たんぺん)集『怖ガラセ屋サン』は、初回打ち合わせの席で、版元の担当編集者が、ふと洩(も)らした一言に端を発したのだという。すなわち――「結局、一番怖いのは“人間”ですよね」という決まり文句。

 実を申せば評者自身も、ホラー系評論家という商売柄、耳にタコができるほど、この陳腐な言葉を聞かされてきた。おいおいちょっと待てよ、現実には存在しないような超自然の怪物やら幽霊やらをリアルに、迫真の筆致で描いて、読者をゾッとさせるのが、文学の王道ってもんだろー、が!?

 ……そこはさすがの澤村伊智、これから書く実作によって、担当者を「ぎゃふん」と言わせるべく、想を練ったのだそうな。その効果は本書の随所に(ときにはページごとに!)見え隠れして、われわれ読者を怯(おび)えさせる。実在と非在のあわいを出入りする、謎めいた女性〈怖ガラセ屋サン〉の、儚(はかな)げな姿をまとって……真の恐怖とは何か、怪談語りとは何かをめぐる、凝縮され洗練された、七つの物語。

 私が小田雅久仁(まさくに)の名前に注目したのは、電子書籍版でしか読めない前作の中篇「よぎりの船」によってだった。その一語一句を味わうように読み尽くし、嗚呼(ああ)ここに現代幻想文学の一極北がある……と得心させられたものだ。

 このほど刊行された『残月記』は、〈月〉にまつわる中短篇三作を収めた連作集である。巻頭の「そして月がふりかえる」は、ささやかだが何不自由ない日常を満喫していた男にふりかかる突然の、唐突な災厄の物語。山川方夫(まさお)の傑作短篇「お守り」の域に迫る、痛切な日常崩壊感覚に身震い必至だ。

 続く「月景石」は、夢の中で、月と地球とを往還する若妻の綺譚(きたん)。言葉のみで紡ぎだされる異世界描写の容赦ない連なりに圧倒される、鉱物幻想譚。

 そして最後に据えられた、中篇表題作。これはコロナ禍と右傾化への危惧が、作者をして書かしめたのだろう力作だ。〈月昂(げっこう)〉と呼ばれる奇怪なウイルス感染症が蔓延(まんえん)する近未来の日本。迫害される罹患(りかん)者の青年は、愛する女のために乾坤一擲(けんこんいってき)の大勝負に出る……円空仏を介して主人公と両面宿儺(りょうめんすくな)の伝説がコラボする意想外の展開に歓喜!

 疫病文学つながりで、もう一冊。かつて澁澤龍彦が「現代に復活させてしかるべき作家」と呼んだ、幻のモダニズム作家ピエール・マッコルランの真価を全三巻に集約する〈マッコルラン・コレクション〉の刊行が始まった。

 劈頭(へきとう)をかざる「黄色い笑い」は、死に至る〈笑い病〉の蔓延を描いた、奇妙な味わいの中篇だ。黄禍論の高まりを背景にした両大戦間文学の異色作。=朝日新聞2021年12月22日掲載