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文学史からこぼれ落ちたすごい女性作家の存在に気づく「掃除婦のための手引き書」 小澤英実が薦める新刊文庫3冊

小澤英実が薦める文庫この新刊!

  1. 『掃除婦のための手引き書』 ルシア・ベルリン著 岸本佐知子訳 講談社文庫 990円
  2. 『あなたが私を竹槍(たけやり)で突き殺す前に』 李龍徳(い・よんどく)著 河出文庫 1155円
  3. 『じゅうぶん豊かで、貧しい社会 理念なき資本主義の末路』 R・スキデルスキー、E・スキデルスキー著 村井章子訳 ちくま学芸文庫 1540円

 (1)裕福な家庭のお姫様、掃除婦、教師、アル中のシングルマザーと、人の何倍も色濃い流転の生涯を送った著者の生活の断片から生まれた短篇(たんぺん)集。その読書は、葉に乗ったしずくのなかを覗(のぞ)くかのよう。暮らしの悲喜劇と自然の驚異、死や痛みや癒やしやユーモアがシームレスに融(と)けあった、物語のミクロコスモスに息を呑(の)む。チェーホフやカーヴァーと並び立つ、文学史の正典からこぼれ落ちたすごい女性作家がいたものだ。

 (2)排外主義によるヘイトや弾圧が激化した近未来の日本を舞台に、在日韓国人の若者たちの小さな闘争と暴走を描く。彼らの反攻を嘲(あざわら)うのはたやすいが、集団の狂気が正当化されれば戦争にもなる。作中には出てこない竹槍というタイトルの意味が重い。人間の体温とエモさ、それらと表裏一体になった闇堕(お)ち系のイヤな読後感に包まれつつ、刺さりまくった差別の棘(とげ)をさて、どうするか。

 生きていくにはお金がいる。でもどれだけあれば足りるのか。よい暮らし、よい人生とはなんなのか。(3)は、社会が誘発する「飽くなき貪欲(どんよく)そのもの」としての資本主義の方向転換を探る良書。経済学と古今東西の哲学を紐解(ひもと)きながら、環境保護や持続可能性の観点からの成長抑制や、生活満足度と幸福の関係の幻想を小気味よく看破し、よい暮らしとは幸福ではなく倫理の問題だと説く。貧困や格差といった資本主義がもたらす弊害をなくすのは、社会をどう変えるか以前に、まず自分がどう生きたいかを問うことだと実感する。=朝日新聞2022年5月7日掲載