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今井真実さん、自分の心と体に合わせて作れば嬉しくなる

今井真実さん=北原千恵美撮影

【レシピはこちら】

今井真実さん「私の一品」 料理家としてのルーツを追求した「たどり着いたカルボナーラ」

サッと作る料理にはマンガも影響

――今井さんは小さい頃から料理に関心があったのでしょうか。

 そうですね。物心ついた時から、好きでした。料理はずっと生活の中にあるもので、幼稚園の頃から「オレンジページ」や「暮らしの手帖」を読んでいたのをよく覚えています。

 小学校に入ってからは、あまり給食が好きになれなかったのもあって、家に帰ってから自分で料理をするようになりました。パスタが自分だけで作った初めての料理だったと思います。市販のパスタソースやパスタ用のふりかけみたいなものを使っていたんですけど、やっぱり飽きてきちゃうので、どうやったら美味しくなるか自分でも工夫していましたね。

――先日、noteのイベントでスープ作家の有賀薫さんと対談されていた動画を見ましたが、マンガ『クッキングパパ』にも影響を受けたそうですね。

 『クッキングパパ』はストーリー性もあるので、お料理をしたらこんなにいいことばっかりなんだと思ったんです。お話として楽しいのはもちろん、例えば給料日前でもアイデア次第でご馳走ができるような工夫もあって、「美味しそう。作ってみたいな」と思わせられる。家族全員で読んでいたので、家族間の会話のネタにもなりました。兄もよく料理をするんですけど、いまだに『クッキングパパ』のレパートリーも作っているそうなんですよ(笑)。

――今井さんも今でも『クッキングパパ』の料理を作ったりするんですか。

 今でも作るのは、noteのイベントでも紹介した「イタリアン鍋」に、あとは「がんばり茶漬け」というオイルサーディンのお茶漬け。どれも発想が面白いんです。だから、やっぱり心に残っているんだと思います。

――今井さんが考える、料理の魅力ってなんでしょうか?

 いちばんはやっぱり、自分が食べたいものを作れること。例えば、今日は肌寒いなと思ったら温かいものを作るなど、自分の体調や気分に合わせてドンピシャなものを自分で作れることは、人生において豊かなスキルじゃないかなと思います。外食するにしても、美味しいものを食べに行こうというのと、疲れきってとりあえず何か口に入れないといけないというのでは、すごく気分が違いますよね。食べたいものが見つからない、なんてこともある。そんな時も、料理ができると自分の気持ちに合ったものが作れます。

料理が出来るというのは、何もお魚がさばけたり、天ぷらを上手に揚げられる人のことを指すのではありません。自分のお腹や気持ちに合わせて、ご飯を支度できることを言うのではないでしょうか?『いい日だった、と眠れるように 私のための私のごはん』(左右社)より

――新刊のレシピエッセイでも「食べたいものを、自分の手で作れるという『自由』が好きなのです」と綴っています。

 料理の仕事をする前は、テレビ局のディレクターをしていたんですが、終電でも帰れないような状態だったので、本当にごはんが悩みどころでした。でも、すごく疲れている時って、外食ってできないんですよね。それで『クッキングパパ』のオイルサーディンのお茶漬けを食べたり(笑)。当時は実家暮らしだったので、母が夕食を残しておいてくれることもあったんですが、なぜか疲れた時に体が欲しているのはオイルサーディンのお茶漬けなんです。激務の中でも自分の心身を保つのは自分の料理なんだなっていうことをすごく痛感しました。だから、ちゃんとしたものを作ろうとは思わないでいいから、どんなに忙しくてもサッと自分の心と体に合わせたものを作るってことが大事なんじゃないかなと思うんです。

「これだけでいいんだよ」を教える

――婚約を機に退職し、料理教室を始めたことが今井さんの料理家人生のはじまりです。そこから自然な流れで今に至るそうですね。

 そうですね。学生時代から人に料理を振る舞うのがすごく好きで、SNSでも料理日記をつけていました。そういうのを見ていた友だちから「料理を教えてほしい」と言われて始めたのが料理教室です。生徒さんのグループごとに、それぞれのニーズに合わせてレシピを作っていました。当初は私の友だちや若い方が中心で、料理初心者の方が多く、「鯖の味噌煮が作れるようになりたい」など、ちょっと知っている料理名のものを作れるようになりたいという希望が多くありました。そういったものを教えつつも、「でも、もっと簡単な方法でごはんって作れるんだよ」「これだけでいいんだよ」っていうことも教えていきたいなと思ってやっていましたね。

――料理教室を10年近く続けてこられて、2020年からはTwitterやnoteといったSNSでの発信を始められます。それはやっぱり「コロナ禍で料理が大変」という声に応える形で始まったものなのでしょうか。

 もともとコロナのちょっと前から、覚え書きのように自分の夕食などをTwitterに文字だけであげていたんですよ。それが、コロナ以降、料理の写真が見たいというリクエストがあって写真を載せ始めました。夫がカメラマンなんですが、コロナで撮影が中止になって、「家にいるなら(料理の)写真を撮ってもらってもいい?」とお願いしたら「いいよ」と引き受けてくれて。

 写真がきれいなので、たくさんの人が見てくれるようになり、「Twitterだと流れてしまうので、noteとかはやらないんですか?」と言われることが多くなりました。料理教室の生徒さんからも載せてもらえると助かると言ってもらえて、本当にみんな困っているんだなと実感しました。それからnoteでレシピを紹介するようになったんです。SNSでも「毎日3食作るのが苦痛だ」っていう話も聞いていたので、「そんなにしなくても、これくらいでいいんだよ」というのをレシピで表現したかったというのもあります。

――料理を仕事にしてから、そして料理教室というリアルな場からSNSへと活躍の場を広げていってから、と料理家としてのステージが変わるごとに今井さんの料理に対する考えに変化はありましたか。

 芯の部分は何も変わっていないと思います。今でもミニマムな調味料で、と思っています。しいて言うなら、より削ぎ落としたレシピが多くなったかなというくらい。例えば、材料表記は以前なら小さじ1と大さじ1を共存させていたんですけど、媒体ごとの表記規定を除いて、自分でレシピを書く場合は小さじ1と小さじ3(大さじ1と同じ)にした方が作る人が楽だろうなって。そういったレシピの表記や作り方の手順のブラッシュアップは最近すごく意識するようになりました。

 より美味しくしていこうというレシピはたくさんあると思うので、私はもっと生活に根ざしたレシピ、忙しい人でも作りやすい、作りたいと思えるものを提案していきたいと思っています。

――今井さんがレシピ作りで特に大切にしていることはなんでしょう?

 突飛な材料は使わない。食材はなるべく手に入りやすいものでとは思っているんですけど、調味料は自由に使っている方かなとも思います。使ったことのない調味料でも、使うとより美味しくなるものはハーブもスパイスも躊躇せずに使いますね。

――使う理由がちゃんとあれば使うってことなんですね。

 そうです。この調味料を入れるだけで、これだけ味が変わるという食の体験もしてほしいんです。

 あとはなるべく味付けをシンプルにまとめたいですね。ダイエットでも、ランニングに水泳に食事制限をして絞ったら何が効いたのか分からないですよね。でも、水泳だけして痩せたら、水泳が効果があるって分かる。料理も同じで、何が美味しくさせたのかが分かると、すごく楽しくなると思います。

家族のために自分が食べたい料理を作る

――今井さんは「作った人が嬉しくなる料理を」というスローガンを掲げていますが、この考えに至ったのはなぜでしょう?

 私の日常生活って、やっぱり家族、特に子どもたちとの食事が中心にあります。子どもたちに喜んで欲しいからと作った料理を食べてもらって喜んでもらえたら満点に嬉しいんですけど、実際には一生懸命作ったのに食べてもらえないとか、「あれ?」って思うことってたくさんあるんですね。そうすると、「無理して作ったのに」とか「頑張ってこれだけやったのに」と思ってしまって、余計に叱ってしまう。

 これって、自分が食べたいものがあったのに我慢して別のものを作ったり、しんどかったのに無理して頑張って作ったりと、自分の気持ちに従わなかったからこそ、余計に腹が立ってしまうんじゃないかなと思って。それだったら、私が食べたいものを優先させて作ってみようというのがはじまりでした。で、そうしてみると、意外と子どもたちもよく食べるんです。

――面白いですねえ。

 その時気づいたのが、「子どもはそりゃ料理名も料理もあまり知らないよね」ってことでした。特に小さいうちは経験値が圧倒的に少ないから、「何食べたい?」と聞かれても子どもたちも困るんですよね。大人みたいに「今日は暑いからあっさりしたもの」とか「サラサラっとしたものが食べたい」なんてことは言えない。私も子どもたちに無理難題を押し付けていたんだなってことに気づいて、それからは「お肉がいい? お魚がいい?」など具体的な聞き方をするようになりました。

 作る人の気分で、暑い時はさっぱりしたもの、寒い時はあたたかいお鍋という具合に食卓を用意する。そうやって、気持ちに合わせて料理を決めるようにしたら、ごはん作りが上手くいくようになったんです。大体、気候に合わせて作った料理は、子どもたちも食べたいんですよね。たとえ子どもたちが食べなくても、自分が食べたい料理だったらたくさん食べられて嬉しいじゃないですか(笑)。それに、こっちも「これは大人の食べ物だしね」とも思える。もちろん、一品だけではないので、副菜などどこかで子どもたちが喜ぶものを用意しておけばいいんです。そうするだけで、家族みんながハッピーな食卓になるんじゃないかなと思います。

――今井さんのレシピは、内容もさることながら、文章も作る人に寄り添うようです。それこそ、工程だけを伝えるのであればなくてもいいような「もし、あれば、ね。無理しないで下さいね」といった、安心できるひと言を添えてくれている気がします。これは意識されているんでしょうか。

 そうですね。多分、料理教室をしているから、会話から作り方を教えるというやり方なんでしょうね。そういう教え方を10年以上もしているので、どこかに誰かがいるような気持ちでいつも書いているんだと思います。やっぱり、料理はつまずきポイントがあると楽しくなくなってしまうので、特に難しいところは作る人の横で教えるような気持ちで書いています。

エッセイで自分の料理を振り返る

――新刊の『いい日だった、と眠れるように 私のための私のごはん』(左右社)では、エッセイに初挑戦されています。

 梅仕事のワークショップに参加してくださった筒井さん(担当編集者)からお声がけいただいて本を作ることになったのですが、私は旬のレシピ、四季のレシピ集を作りたいと思っていたんです。テレビ局時代に忙しすぎて四季の移り変わりもなかなか意識しづらかったので、料理以外で四季を感じられるような写真も入れられたらいいなということをお伝えしたら、「エッセイを書いてみませんか?」と。最初は、「そんな、本屋さんに並ぶ出版物で!?」って不安が大きかったです。

――エッセイを初めて書いてみて、どうでしたか?

 エッセイを書くのは好きだなって思いました。楽しかったです。人様に読んでもらえるに値するかわからないまま始めたんですけど、自分の料理を振り返るきっかけにもなりました。こういう時にこのレシピが生まれたよ、こんな時にこのレシピで作ると楽だよ、といった提案もできたので、より現実的な新しいレシピの形ができたんじゃないかなと思っています。

――四季といえば春夏秋冬ですけど、本書には「梅雨」と「正月」もあります。特に梅仕事については語らせたら止まらないというようなことを書かれていましたが、ちょっとだけ聞いてもいいですか(笑)。梅仕事はいつからやられているんでしょう?

 いいんですか(笑)。梅仕事はちっちゃい時から手伝っていて、母は梅酒と梅シロップ、祖母は梅干しをよく作っていました。親戚のおうちにも大きな梅の木があって、よく送ってもらっていたんです。大人になってからは、梅を親戚からいただいたり、自分でいろんな種類を購入したりして梅仕事をしています。

 梅のレシピって、けっこう決まったものが多いですよね。梅干し、梅酒、梅シロップが三大梅仕事なんですけど、それとは違ったものを提案できれば、もっと若い人にも気軽に梅仕事をしてもらえるんじゃないかって思っています。

――三大梅仕事以外というと、どんなレシピを?

 今回のレシピエッセイでも紹介している「完熟梅のスパイス砂糖漬け」や「梅ピュレ」などですね。スパイス砂糖漬けは、今流行りのクラフトコーラみたいな感じで、炭酸で割るとコーラっぽくなります。梅ピュレは、お料理によく使えて、生のトマトにかけるだけでめっちゃ美味しいんですよ。

 梅の醤油漬けや味噌漬け、酢漬けなど、今年はいろんな実験をしていこうと考えています。梅を使って洋や中華の食材と合わせた保存食を作っていきたいですね。

――梅レシピの追究のほかに、今後取り組んでみたいことがあれば教えてください。

 ゆくゆくは、料理の絵本を作りたいと思っています。絵は描けないんですけど(笑)。私も子どもの頃そうだったんですが、絵本や児童書に登場する食べ物ってやっぱり「作ってみたい」「食べてみたい」ってなりますよね。でも、それを「作って」と言われると、親はけっこう大変。急に言われても作れないし、そうすると子どもも残念な気持ちになってしまいます。そういうのを解消できるような絵本を作りたいんですよね。

――それは例えばどんな内容の絵本なんでしょう?

 「名前がほしいトマトさん」とかね。トマトを切ってお塩をかけるだけで美味しいんだよ、マヨネーズをつけても美味しいよ、モッツアレラチーズと混ぜるとサラダになるよ――。こういう絵本なら、子どもたちが料理名を知らなくてもごはんのリクエストの幅が広がるだろうし、親も急に「作って」と言われて一品足しても苦にならないと思うんです。

 はっきりした名前がない料理を子どもたちが知ると、将来的に子どもたちの自炊へのハードルも下がっていくんじゃないかな。大人になっても大切にできるような、そんな料理の絵本を作ってみたいですね。