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家族への思いやりにつながる「簡単・時短・節約」 料理研究家Mizukiさんインタビュー

Mizukiさん=Gakken提供

【レシピはこちら】

料理研究家Mizukiさん「私の一品」 食べる人を喜ばせるために選ばれる「たっぷり煮込みハンバーグ」

拒食症のベクトルを変える

――Mizukiさんは拒食症との長い闘いを経て、料理研究家として活躍されています。どんな道のりだったんでしょうか。

 高校2年生のときに拒食症になって、23歳のときには体重が23kgと死ぬ一歩手前にまでなっていました。そこから長い入院生活を経て退院したものの、精神的にも不安定で、人と話せない、立ち上がることもできないというような日々だったんです。でも、何かをしないといけないという焦りがすごくあって、家で独りでできることって何だろうと考えたら、私には料理しかなかった。両親が共働きだったので、弟たちのために軽食やおやつを作るのが好きだったんですよね。でも、その当時、まだ病気は治っていなくて、食材に触れるのも匂いも怖いと思ってしまうような状況でした。

 何とか料理ができるようになってからはお菓子などを作っていたんですけど、それを知った病院の売店のおばちゃんが「うちに置いてみない?」と言ってくれて。そこで初めて卸売りをやらせてもらったのが、私の社会復帰でした。といっても、本当に少ない数で、12〜15個くらいの焼き菓子です。売れたら電話で連絡をしてくれるシステムだったんですけど、本来はそういうシステムはなかったんですよね。いま振り返ると、励ましの電話だったのかなと思います。売店に初めて卸した日には初日だから頑張って2、30個置いたんですけど、まだ午前中なのに「全部売れた」と電話がかかってきました。あとから知ったんですが、焼き菓子を全部買ってくれたのは当時私を診てくれていた先生で、看護師さんらに配ってくれたみたいです。

――いい病院に恵まれて、まわりの人たちもサポートしてくれたんですね。

 本当にそう思います。それから、お菓子の卸売りを続ける中で、母の友人が「何か小さいお店でもやってみたら?」とアドバイスをしてくれて、「もうやるしかない!」と小さなカフェを幼なじみに手伝ってもらって始めました。当時、まだ私は知らない人と普通に過ごすことができなかったので、私が調理担当で、幼なじみには接客をお願いして。

Mizukiさん=『今日のごはん、これに決まり! Mizukiのレシピノート 決定版! 500品』(Gakken)より

 あるとき、幼なじみからスマホのアプリの話をされて、いろんな人がレシピを投稿している料理アプリを見つけたんです。ランキングが出るようなアプリで、それを見た瞬間、「ここで1番になりたい」と思って、自分のレシピを発信し始めるようになりました。それで、本当に1週間くらいで1位になったんです。

――すごいですね。どうやって1位になったんですか。過去に1位だったレシピなどを参考にしたり?

 いえ、それがそんな知恵はなくて。どんな味が好まれるのか、どういう料理がみんなは好きなんだろうと考えた結果、やっぱり定番の肉じゃがやハンバーグが好きだろうと、「普通」なものばかりを作ってレシピをアップしていたんです。多分、10年くらい前のことだったからよかったんだと思います。いまだったら埋もれているかも。

 でも、そこで1番になると、今度は順位が下がってはいけないという気持ちになるんですよね。それで頑張って、1年ほど毎日レシピをアップし続けました。ずっと1番でいられたんですけど、でもだんだんとこのままではいけないと思うようになってきて、それで料理本を出したいと思うようになりました。別の目標が欲しくなったのもありますし、親にすごく迷惑をかけてきた分、すごく喜ばせたいとも思ったんですね。摂食障害は家庭環境や親子関係のせいだと言われることが多いんですが、私の場合はそうではないのに親が責められるような言葉を投げかけられているのを聞いたことがあって、このままでは終われない、びっくりするようなことをして喜ばせたいと思って、頭に浮かんだのが料理本でした。

――出版社に売り込みとかをされたんですか。

 いや、それもそんな知恵はなくて。当時、料理ブログが編集者の目にとまって料理本の出版に至るという流れがあったので、まずは料理ブログを始めたんです。そしたら、「レシピブログ」という料理ブログのポータルサイトがあって、そこにもランキングがあって。

――そこでも、まさかまた1位に?

 そうなんです。ブログを始めて半年ぐらいで、出版社7社から声がかかりました。最終的に扶桑社さんから出させてもらうことになって。それから「料理研究家」と呼ばれるようになって、いまに至ります。

――こうと決めたら何が何でもやり抜く。それがMizukiさんのすごさなのかもしれないです。

 始まったら止まれないというか。でも、これが良い方向に働けばいいんですけど、悪い方向に働くと、本当に自分を殺してしまうぐらいで、両極端なんです。料理の仕事を始めて、病気の相談をされることも多くなりました。拒食症に苦しむ人たちに伝えたいのは、人間は食べないと生きていけないのに、それに歯向かうことができるのだから、そのベクトルを変えてみたら大抵のことはできるし、すごい力が出せるということ。自分の経験を通して実感しています。

 たくさん相談を受ける中で、この病気になる人は根本が似ているなと感じました。自分で言うのもなんですが、根がすごく真面目。私も含め、人が言うことを聞き流せなくて、白と黒しかないような性格なんですよね。以前、心療内科の先生に「あなたには白と黒しかないから、グレーができたときに病気は治る」「いまのあなたは、バケツに徐々に溜まっていった水があふれてしまった状態。そのバケツに小さい穴をあけておけば水があふれることはない」と言われて、すごく腑に落ちたんです。そうやってイメージできたら、そこに向かっていけると思いました。

「私にもできた」の楽しさ伝えたい

――Mizukiさんがレシピ作りで大切にしていることはなんでしょう?

 「普通」から外れないことです。料理本を作るうえでも、「普通」のことしかしない。私は基本的にはずっと定番料理、同じものを作り続けてきているんです。でも、レシピ数が増えていくのは、食材を変え、調味料を足し引きして、味を作っているからなんです。新刊(『Mizukiの味つけ黄金比率 失敗なしでアレンジ∞』/Gakken)は、基本の味つけとなる調味料の黄金比率さえ知っていれば、家にある食材を組み合わせるだけで一品できるという本。味つけさえ変われば別物だというくらい気楽に料理してほしいなと思って作りました。

Mizukiさんの新刊『Mizukiの味つけ黄金比率 失敗なしでアレンジ∞』(Gakken)

 私は「簡単・時短・節約」というテーマでずっとレシピを発信し続けてきたんですけど、あるとき、私が思う「簡単・時短・節約」と本当に求められている「簡単・時短・節約」は違うのかもと思ったんですよね。ブログなどでコメントのやりとりをしていると、「すごく簡単でした」「めちゃくちゃ早く作れました」「すっごい安くできました」というコメントってほとんどないんです。

――ちょっと意外でした。どんなコメントが多いんですか。

 「家族が喜んでくれた」「思春期でふだん会話もない息子が『おかわりないの?』って言ってくれた」とか。作った自分自身の感想ではなくて、食べた人の反応や感想を私に伝えてくれているんです。そういう人たちが、単なる簡単さや早さ、安さばかりを求めているかと考えたら、きっと違うなと思いました。「簡単」なのは失敗せずに美味しく作ってあげたいから、「時短」は待たせたくないから、「節約」は家計の負担を減らしたいから、必要なんです。作る人が楽をしたいからというよりも、結局は食べる人、家族への思いやりに繋がっているんだと気づきました。だから私が考えるべきは、食べる人が作り手に対してどういう気持ちになるかということだと思っています。

――食べる人が作る人を思いやれるようなレシピなんですね。そんなレシピを届けるためにはどんなことをされているんでしょうか。

 やっぱり料理って、作り手の気持ちや考え方が重要になってくると思っていて、毎日のことなので楽しいとまではいかなくても「私にもできた」「美味しくできた」と思うことがすごく大切なんじゃないかなと思うんです。もちろん、何もやりたくない日や鬼の形相で料理する日だってあってもいいと思います。実際、私もそうですし(笑)。でも、1年のうちに「美味しくできた」って思える日がどこかにあればいいですよね。私がほぼ毎日レシピを投稿しているも、私のレシピがいつか誰かに当たればいいなと思っているから続けられているんです。

 

レシピ発信を始めてからずっとノートにレシピを書き続けてきた。現在のノートは55冊目。100均の無地のノートを愛用している=『今日のごはん、これに決まり! Mizukiのレシピノート 決定版! 500品』(Gakken)より

――そうやって日々SNSに投稿しているレシピの中から厳選されたものだけを集めたのが、『今日のごはん、これに決まり! Mizukiのレシピノート 決定版! 500品』(Gakken)です。500品って、すごいレシピ数ですよね。

 これまでいくつレシピを作ったんだろうと、ざっと数えてみたら6000はありました。私は基本的にブログなどのSNS用のレシピと料理本用のレシピを分けて作っていて、日々発信している大切にしたいレシピがSNSにしか残っていない状態だったんです。数年前から、これらをまとめた本をいつか作りたいとは思っていたんですよね。でも、多分すごいしんどい作業だろうなとも思っていて(苦笑)。校正が本当に大変でした。

――まさに集大成ともいえるこの本で、今年の「料理レシピ本大賞 in Japan」準大賞を受賞されました。

 これまでの本もありがたいことに料理レシピ本大賞にエントリーはしていただいていたんですけど、なかなか受賞には至りませんでした。せっかくエントリーしてもらっているのに、入賞もできないのは何だか申し訳なくて、いつしか料理レシピ本大賞受賞が一つの目標になっていましたね。

「第9回料理レシピ本大賞 in Japan」で準大賞を受賞した『今日のごはん、これに決まり! Mizukiのレシピノート 決定版! 500品』(Gakken)

 それまでも受賞したいなとは思っていましたけど、この本は「絶対に料理レシピ本大賞を取ります」と初めて言葉にして作り始めた本なんです。出版社から準大賞だと伝えられたときには、涙が出ました。二番でこんなに嬉しいと思ったのは初めてだったんです。悔しい気持ちがないかといえば嘘になるんですけど、二番でもこんなに嬉しいと思った自分にびっくりしました。賞が取れたことでみんなの期待に応えられたかもしれないという感覚があったのかもしれません。以前だったら一番じゃなければ許せなかった自分が、バケツのどこかに小さな穴があいて自分をちょっと許せるようになったんだと思いました。

――授賞式で、「簡単・時短・節約」が求められているのは作り手の思いやりの表れだとコメントされたのが印象的でした。

 頭が真っ白になってしまって、あの時ほど緊張したことはないです。でも、とにかく「簡単・時短・節約」っていうのは単純に楽をしたいだけのものじゃないと、ブログなどのコメントのやりとりを通して、皆さんから教えてもらったことを伝えたかったんですよね。これからも変わらず、皆さんとコメントなどを介して話して、時にはリクエストを募集するなど相談しながら、「普通」のレシピを発信していきたいなと思います。