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群雄割拠のホラー小説シーンをふりかえる 2022年ホラーワールド回顧

芦花公園さんら大豊作支えた新鋭作家の活躍

 2022年のホラー小説シーンをふり返ると、ふたつの大きな傾向が浮かび上がってくるように思う。ひとつは新世代作家のめざましい躍進。そしてもうひとつが、他ジャンルで活動してきた実力派作家のホラーへの参入だ。このふたつのトピックを軸に、この一年のホラー・怪奇幻想小説をふり返ってみよう。

 まず言っておきたいのは、出版不況にもかかわらず2022年もホラーは大豊作だったということ。本連載の年末総括では毎年のように「豊饒」「豊作」と書いている気がするが、今年もその例に洩れず、毎月追い切れないほどのホラー小説が刊行されている。とりわけ夏場の新刊ラッシュはすさまじく、本格的なブームの到来をあらためて印象づけるものだった。

 中でも活躍が目立ったのは、この2、3年にデビューした新鋭作家である。昨年『ほねがらみ』(幻冬舎文庫)が話題を呼んだ芦花公園は、都市伝説ホラーに挑んだ『漆黒の慕情』(角川ホラー文庫)と、邪悪な気配のオカルトホラー『とらすの子』(東京創元社)を発表。どす黒い人間心理が渦巻く異端者たちの物語は、独特の魅力を放っている。

 昨年に変わらぬ好調ぶりを見せたのが阿泉来堂。廃墟の宗教施設を舞台にした『邪宗館の惨劇』(角川ホラー文庫)は、お得意の怪物ホラーと“タイムループもの”を掛け合わせた野心作だった。もともとミステリ的な仕掛けを得意とする著者だけに、『贋物霊媒師 櫛備十三のうろんな除霊譚』(PHP文芸文庫)でホラーミステリに挑戦したのもうなずける。

 大島清昭はクトゥルー神話を大胆に取り入れた異形のミステリ『赤虫村の怪談』(東京創元社)、中国妖怪・地羊鬼の伝承が猟奇犯罪と絡む『地羊鬼の孤独』(光文社)で気を吐いた。いろんな意味で“やりすぎ”の作風が頼もしい書き手である。
 新名智『あさとほ』(KADOKAWA)は、人に取り憑く物語をめぐる文系探索ホラー。静かな筆致で恐怖を盛り上げながら、人類とフィクションの関係に迫ってみせた。

 2022年デビュー組の作家たちも見逃せない。なんとも薄気味の悪いモキュメンタリー・ホラー『かわいそ笑』(イースト・プレス)の梨、住み込みヘルパーの主人公が洋館の禁忌に触れる『屍介護』(角川ホラー文庫)の三浦晴海、少女2人の“百合”的関係を、ジャンル横断的な手法で描いた横溝正史ミステリ&ホラー大賞・優秀賞受賞作『君の教室が永遠の眠りにつくまで』(KADOKAWA)の鵺野莉紗など、注目作家が数多くデビューしている。

小池真理子「アナベル・リイ」などベテランの力作

 その一方で、長年ホラーを手がけてきた中堅・ベテランも相次いで力作を放った。小池真理子『アナベル・リイ』(KADOKAWA)は、個人的に今年のベスト・ワンにあげたい傑作ゴースト・ストーリー。死者がこの世に現れるということの恐ろしさと切なさを、静謐な筆致で描ききっている。
 有栖川有栖『濱地健三郎の呪(まじな)える事件簿』(KADOKAWA)は心霊探偵・濱地の冒険を描くシリーズ第3弾で、コロナ時代の謎と恐怖を扱っている点がユニークだ。10年、20年後には、貴重な時代の証言となるだろう。
 新世代ホラーの旗手・澤村伊智は『怪談小説という名の小説怪談』(新潮社)、『ばくうどの悪夢』(KADOKAWA)の2作を発表。前者は小説ならではの恐怖表現を追求したテクニカルな作品集、後者は“夢テーマ”の決定打ともいえる力作長編である。

 1990年代のホラーブームを牽引した貴志祐介が、久しぶりにホラーに回帰したのも嬉しいニュースだった。『秋雨物語』(KADOKAWA)はアイデアと語りが高い水準で融合したモダンホラー短編集。三津田信三『みみそぎ』(KADOKAWA)は、土蔵から発見されたノートの記述が、読み手の現実を侵食してくる怪異譚。自らの過去作に言及してリアリティを高めるなど、相変わらず怖さに徹した作風が頼もしい。
 その他、恒川光太郎『化物園』(中央公論新社)、宇佐美まこと『夢伝い』(集英社)、宮部みゆき『よって件のごとし 三島屋変調百物語八之続』(KADOKAWA)、岩井志麻子『煉獄蝶々』(KADOKAWA)、小野不由美『営繕かるかや怪異譚 その参』(KADOKAWA)などにも大いに楽しませてもらった。

 もうひとつの注目すべき動きは、ミステリやSFなどを主戦場としてきた作家たちのホラーへの挑戦だ。その代表作が冲方丁の『骨灰』(KADOKAWA)。渋谷の地下深くに潜む邪悪な存在に魅入られた一家を通して、首都東京のダークサイドを幻視した都市型ホラーである。高野和明『踏切の幽霊』(文藝春秋)は、スケールの大きいエンターテインメント小説で知られる著者初のホラー長編。社会派ミステリを思わせるシリアスな筆致で、幽霊事件とその背後にある人間模様を浮き彫りにしている。SFジャンルの鬼才・柴田勝家の『スーサイドホーム』(二見ホラー×ミステリ文庫)は、幽霊屋敷ものの快作。リアリティ溢れる呪術描写に感心させられた。

アンソロジーや翻訳にも収穫

 アンソロジーや競作集も数多く編まれている。わが国の怪奇幻想文学の系譜をテーマ別にたどる東雅夫編『吸血鬼文学名作選』『日本鬼文学傑作選』(ともに創元推理文庫)、怪談の名手に再びスポットを当てた橘外男『蒲団 橘外男日本怪談集』(中公文庫)、現実の彼方に惹かれた文豪の異色作を収める高原英理編『川端康成異相短篇集』(中公文庫)などを面白く読んだ。

 今年翻訳された海外作品では、吸血鬼ものが妙に充実していた印象。夏来健次・平戸懐古編訳『吸血鬼ラスヴァン 英米古典吸血鬼小説傑作集』(東京創元社)は、幻の作品として名高い「吸血鬼ヴァーニー」の抄訳など、吸血鬼小説史における重要作・レア作を収めたファン垂涎の作品集。グレイディ・ヘンドリクス『吸血鬼ハンターたちの読書会』(原島文世訳、早川書房)では、読書サークルに参加する女性たちが吸血鬼の脅威に立ち向かう。中年女性の喜怒哀楽に目を注いだ、しみじみした筆致がなんとも好ましい。

 昨年に続いてクラシック路線も相変わらず人気。中でも紀田順一郎・荒俣宏監修『新編 怪奇幻想の文学』(新紀元社)全6巻の刊行スタートは大きな事件だった。往年のファンを熱狂させた名アンソロジーのリニューアル版だが、目配りのきいた目次がとにかく素晴らしい。これから海外ホラーを読もうという若い読者には、絶好のガイドといえる。
 英国怪談黄金期を代表する名匠、オリヴァー・オニオンズの傑作選『手招く美女 怪奇小説集』(南條竹則・高沢治・館野浩美訳、国書刊行会)、寒い季節にぴったりのヴィクトリアン・ゴースト・ストーリー『英国クリスマス幽霊譚傑作集』(チャールズ・ディケンズ他、夏来健次編訳、創元推理文庫)も、心躍る贈り物だった。

 現代ホラーでは、海外の文学賞をいくつも受賞したシルヴィア・モレノ=ガルシア『メキシカン・ゴシック』(青木純子訳、早川書房)は文句なしの不気味さと面白さ。廃鉱山の頂にそびえるゴシック風の古屋敷、という舞台だけでゾクゾクしてくるが、そこには想像を絶する恐怖が潜んでいる。
 不条理と孤独に満ちた物語で、スペイン語圏のホラーブームの消息を伝えるエルビラ・ナバロ『兎の島』(宮﨑真紀訳、国書刊行会)、戦後ドイツを代表する作家の残酷な奇譚を収めたマリー・ルイーゼ・カシュニッツ『その昔、N市では カシュニッツ短編傑作選』(酒寄進一編訳、東京創元社)などに出会えたのも嬉しい。ウクライナでの戦争など何かと心騒ぐニュースの多い一年だったが、恐ろしいことはフィクションの中だけに留めておいてほしいものだ。

【朝宮運河の2022年ベストテン】

  • 小池真理子『アナベル・リイ』
  • 澤村伊智『ばくうどの悪夢』
  • 芦花公園『とらすの子』
  • 阿泉来堂『邪宗館の惨劇』
  • 三津田信三『みみそぎ』
  • 冲方丁『骨灰』
  • 『新編 怪奇幻想の文学1 怪物』
  • シルヴィア・モレノ=ガルシア『メキシカン・ゴシック』
  • グレイディ・ヘンドリクス『吸血鬼ハンターたちの読書会』
  • マリー・ルイーゼ・カシュニッツ『その昔、N市では カシュニッツ短編傑作選』