対話の際に、こちらの言い分を聞かずに批判してくる相手がいたら「せめて話を聞いてから何か言ってくれ」と思うだろう。だが、大人は子ども・若者の読書について否定的に語るわりに、中高生が好きな本を実際に読み、若者の事情を推察してから持論を述べる人はほとんどいない。ここでは読書の秋に合わせて最近の若者の読書・読者像を知るために、中高生がよく読んでいる本を紹介したい(学校読書調査や「『朝の読書』で読まれた本」で人気の本から選んだ)。
書店に行くと『○分で××』というタイトルの短篇(たんぺん)集が無数に並んでいる。これらはGakkenから刊行され、シリーズ累計440万部を突破した『5分後に意外な結末』を嚆矢(こうし)とする。「○分+感情(恐怖、泣ける、等々)」という形式は、全国の小中高校で実施されている、1回10~15分間好きな本を読む「朝の読書」に合わせて考案された。読む前から読後に得られる感情がわかり、短時間で1~2篇読み終えられる短さ・読みやすさが、本を読み慣れていない児童・生徒を中心に支持されている。
「余命もの」人気
もちろん、長編でも人気の作品やジャンルはある。たとえば、何らかの病気で男女のどちらかが死んで離別することが物語開始時点から予感されている悲劇的なロマンス「余命もの」がそうだ。かつては「難病もの」と言われたが、このタイプの物語には、少なく見積もって1960年代以降、連綿と人気作品がある。近年は短尺動画投稿サービスTikTok上でこのジャンルの小説を紹介する動画がしばしばバズり、書店での売り上げにつながった。典型的な余命ものではないが、同型の構造のヒット作に、汐見夏衛『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』がある。これは現代日本に生きる女子中学生が45年にタイムスリップして特攻隊員と恋に落ちるという作品で、12月に実写映画が公開される。本紙読者ならこの設定に対して何か言いたくなるだろうが、そこはこらえて、女子中高生はどこに感動し、作家は何に力を入れて書いているのかに目を向けてもらいたい。
特別な関係求め
余命ものに限らず、閉鎖空間で参加者同士が殺し合いをするデスゲームものや、超自然的な力を借りて亡くなった親友や恋人、家族と再会・交流する作品など「死を前にして初めて、普段言えなかった本音や激情を吐露し合う」小説がよく読まれている点が重要だ。近代文学作品では太宰治『人間失格』が突出して今も人気な点も見逃せない。「反抗期がない」「親と仲がいい」などとしばしば言われる近年の若者だが、たしかに表面的にはうまく周囲と付き合い、大人の言うことに対して素直に見えることだろう。しかし『「人それぞれ」がさみしい』の著者で社会学者の石田光規は、学生たちが「人それぞれだから」とお互いを尊重しているような言い方で一線を引き、友人同士でも事情に深くは立ち入らず、ゼミでも批判や議論を避ける傾向にあると指摘している。関係性が壊れることをおそれて踏み込んだ話を避け、胸の内にある悩みや反発心を漏らさないようにしているのだ。
辻村深月『かがみの孤城』(ポプラ文庫)や住野よる『君の膵臓(すいぞう)をたべたい』(双葉文庫)では、登場人物たちが学校でも家庭でも言えない生きづらさや死の恐怖などの秘密を共有し、理解し合える同年代の特別な存在との関係性が描かれる。本心を打ち明け、ぶつけ合える関係が現実には稀有(けう)だからこそ、中高生は物語にそれを求める。
そんな若者に「こんな本を読め」と上から目線で説教しても、その心には決して刺さらない。大人が言葉を届けたいのであれば、同じ目線に立って中高生が好きな本を読み、内面を理解することから始めるしかない。=朝日新聞2023年10月28日掲載