「MOCT(モスト)」書評 国と国、過去と現在をつなぐ橋
ISBN: 9784087817478
発売⽇: 2023/11/24
サイズ: 20cm/261p
「MOCT(モスト)」 [著]青島顕
「MOCT」はロシア語で「橋」を指す。確かに、本書を通読すると、二つの「橋」が見えてくる。
著者は高校生の頃にたまたまラジオで、モスクワ放送(ソ連の国営放送)の日本語放送を耳にする。いったい誰が放送しているのか。40年後、著者はこの謎に挑んだ。1942年の放送開始から、冷戦体制、ソ連の崩壊、2017年の放送終了後も含めて、日本語放送に関わった人びとの人生を追い、一冊にまとめた。
ソ連と日本との架け橋になった日本語放送の関係者が、一つ目の「橋」だ。
群像劇のように描かれた人生は、実にさまざまである。ある人は、人と違うことができるという好奇心から70年代にモスクワに渡り、ラジオ番組を作る。西側諸国のロックが禁じられたソ連で、いたずら心から、日本から持ち込んだビートルズの曲を流した。
80年代末に入局した人は、日本で報道されたソ連の姿が本当なのかどうか知りたかったという。91年にクーデターが起きるなか、政府の公式見解を伝えつつも、さりげなく街の様子を織り込むなどした。
日本語放送は、当局の言いなりというだけではなく、可能な範囲で情報を取捨選択し、ソ連の崩壊にいたる過程を日本に伝えようとした。激動の時代のなか、「自分の人生はこれでよかったのか」という逡巡(しゅんじゅん)を抱える姿も著者は記す。
著者が関係者の生身の人生を描けたのは、記者ならではの知的好奇心と取材力、しなやかでユーモラスな文体のなせる技であろう。新聞社の仕事のあいまを縫って、幾度もロシア語習得にチャレンジしては挫折しつつ、日本語放送の歴史を調べ続ける。著者自身が、二つ目の「橋」、すなわち過去と現在とをつなぐ架け橋なのだ。
ウクライナ侵攻を続けるロシアが、いかに一枚岩に見えたとしても、内部にはさまざまな考えを持った人が確かにいることを、著者は静かに訴える。
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あおしま・けん 1966年生まれ。毎日新聞東京社会部記者。本書で開高健ノンフィクション賞を受賞。