一人娘の著者が生まれた時、型破りな両親はすでに別居していて、父親とはともに暮らすことなく育った。そして俳優の母親、樹木希林さんは2018年9月に亡くなり、父親のロックミュージシャン内田裕也さんは半年後に逝った。
両親を弔い、心と体にぽっかりとできた空白は激しい雨風が吹き荒(すさ)んでいた――。在って当たり前だった人の姿が消えた後の喪失感を、著者はそう表す。その心持ちが私にもリアルに迫った。読み手はその空白にともに立ち、空っぽを満たす旅の道連れになる。
さまざまな分野ですっくと立つ15人との対話の旅だ。だれとも一対一で向き合う。死や親子関係について胸の奥底からさらけ出した話になる。
解剖学者の養老孟司さんは4歳の時、臨終の床の父親に「さよなら」と言えなかった。大人になってもあいさつが苦手だったのは、その死を思い出すまいとしていたから。40代にして気づき、初めて父親が自分の中で死んだと語る。
「オモシロイオトナと出会う」のは著者が母親に教わったこと。その実践のようだ。俳優・歌手の小泉今日子さん、写真家の石内都さん、昨年亡くなった音楽家の坂本龍一さん、詩人の伊藤比呂美さん……。ひとりひとりの言葉に心を震わせる。
たとえば詩人の谷川俊太郎さんの一言のすがすがしさ。「死というものがないと、生きることは完結しないんです。僕は死んだあとが楽しみ」
出会いの折々で著者はまた、両親から得ていたものに気づく。亡くなって初めて見えてくる人の姿がある。切ないけれど、それは新たな再会だ。
生きることと死ぬことはつながり、混じりあっている。なにか安心感がわき、さわやかな思いがしてくる一冊だ。ひとりひとり、思うように自分の道を行けばいいと。
ともに歩いた喪の旅の終わり、読み手の心の空白にも静かに光がさしてくる。=朝日新聞2024年2月24日掲載
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文芸春秋・1760円。6刷8万5千部。昨年12月刊。「親しい人を亡くした方や子育て中の方などの共感を呼んでいる」と版元。