意味不明だが語呂のいいタイトルに惹(ひ)かれて手に取れば、思いもよらぬ美しく優しい世界が広がっていた。
焼け焦げたライオンのキャラで自作の楽曲を配信する「火事ライオン」。曲を聴きながらモチーフとなった“聖地”を訪れると、歌詞が可視化される「ソングダイブ」なる現象が起こるという。しかし、現在は活動休止中。それが逆に彼の存在を伝説化し、熱心なファンが今日も聖地を訪れる。
聖地となっているのは彼が住む地方都市の海沿いの道路、ラーメン屋、石鹸(せっけん)屋、地域のイベントホールなど。それらの場所を舞台に、ファンとそうじゃない人が交錯することで生まれる小さな奇跡を描く。わずか3日間の出来事を複数の視点で切り取る構成は鮮やか。さりげない伏線や「そことここがつながるのか!」というピタゴラスイッチ的展開に驚かされる。なかでもクラスで「おっかさん」と呼ばれる女子と、祖父のマグロ解体ショーを手伝う同級生男子のエピソードは胸キュン。休眠していた火事ライオンの人生が再起動する場面にもグッとくる。
フラットな線の透明感ある画面や会話のリズムが絶妙に心地いい。何度もリピートして細部まで味わい尽くしたくなる“名盤”の誕生だ。=朝日新聞2024年9月7日掲載