書いた文章を読んで「よく喋るな!」
――『細かいところが気になりすぎて』。本当にその名前の通り。橋本さんがそのまま喋っているような、猛烈なスピード感のツッコミ文章ですね。目で追うのに精いっぱいです。
うるさいですよね(笑)。自分でも、書いていくのに手が追いつかなかったんです。
――どうやって書いたのですか。まさか「文字起こしアプリ」でツッコミを起こしていった?
いやいやもう全然(笑)。本当にもう、喋り言葉のテンションでどんどん書いていって、「伝わりづらいな」と思ったら直してみる感じが多かったです。もう全然、技術や書き方はわかっていない。とりあえず書いては直し、書いては直し、って感じでした。
漫才師のツッコミをしているから後天的に職業病として細かいところが気になるようになったのか、それとも先天的にそもそも細かいやつだったのか、今となっては自分でも謎ですが、とにかく言葉にしていなくても、日常的になにかしら気になってしまったことを脳内で即座にツッコんでしまっています。
この前も宿泊先のサウナでおそらく大学生とおぼしき5人が入ってきて、彼らがずっと喋っていたのですが、
A 「大谷翔平ってあれだけスターになると絶対大変よな」
B 「そらそうやろな。大谷翔平って乗ってる車もすごいんかなぁ」
C 「すごいんちゃう? 大谷翔平クラスになると、外出かけるのも大変よな」
D 「大谷翔平の一番好きな食べ物ってなんなんやろうか」
E 「いろんなもん食べてるしな。大谷翔平って普通にテレビとか見たりすんのかな」
一人目以外はもう大谷翔平って付けんでええやろ! 「テーマ大谷翔平」になってんねんから。
(「はじめに」)
――この「はじめに」の章から超特急ですよね。
ホントうるさい(笑)。
――しかも、「テーマ大谷翔平」の大学生たちへのツッコミは、これで終わりません。
あはは(笑)。そうですね。
そもそも会話の内容がピュア過ぎるやろ。小学生か! なんの生産性もないこの会話はなんや。まぁ雑談に生産性もなにもないのはわかるけれども。それに、5人が横一列に座っているわけではなくて2人が下の段に、3人が上の段に座っていました。『ミュージックステーション』のときのバンドみたいな座り方すな! とかも思ってしまいます。
(「はじめに」続き)
――次から次へとツッコミに拍車がかかり、言葉が足されていく。後から付け足して書くことも?
いや、「たとえ」は1個でいいのに、即座に3つぐらい並べてしまうんです。全部言いたいんでしょうね。情報量が多い。書いた文章を読んでみて「よく喋るな!」と思います。楽しく書けました。書けて楽しかった。
――そのツッコミ能力はどう培ったのですか。
もうたぶん、テレビをいっぱい観ていただけです。テレビが大好きだから、テレビっ子で、テレビ、テレビ、全部テレビ。小っちゃい時から、大人が喋っている語感が好きなんでしょうね。引っかかった。でも別に「勉強した」って感覚はないですね。言葉を覚えるために、とか、あんまりないです。
これは共感してくれる人も多いと思うが、(ホテルの)部屋の冷蔵庫がまったく見当たらない時がある。インテリアをウッドテイストで統一し、スマートかつエレガントにしすぎているせいだ。
「冷蔵庫どこやねん!?」と焦りながら、木目調の家具やテレビ台の扉をパタパタと開け、何なら絶対にちがうと分かりつつも引き出しもひっぱって探ると、「いや、ここ開くんかい!」と、突如として白い冷蔵庫が顔を出す時は、妙に腹が立ってしまう。
「徳川埋蔵金みたいな顔すな! 銀行の金庫の隠し扉ぶりやがって」。ツッコミというか悪態が止まらない。
(本文より)
「お笑いを諦め切るため」お笑いの道に
――「ゴッドタン」(テレビ東京系)では橋本さんに、即興で思いの限りツッコミを発揮してもらう企画が大好評です。「M-1」王者に輝いて、そのツッコミの実力が広く知れ渡りました。ところが橋本さん自身は本の中で、「お笑いを諦め切るためにお笑いの道に進むことを選んだ」と書いています。
お笑いが大好きで、「やりたい」と思っていたんですけど、でも勇気がない。おそらく、お笑い芸人にならずに普通に会社員として働く道を選んだとしても、テレビは好きなので観続ける。その先、たとえば自分の仕事がしんどくなった時、しんどくなったのは自分のせいなのに、「もしもお笑い芸人になっていたら、どういう人生だったかな?」って思いたくなかったんです。とりあえずお笑い芸人をやって、無理だった。そんな「無理だった証書」をあらかじめもらっておけば、別の仕事に就いても、その仕事を一所懸命頑張れると思ったんです。「とりあえずやってみよう」と。
――「挑戦しない」よりも、「挑戦して無理だった」という人生のほうが良い、と。
「やらなくて無理やった」っていうのだと、ずっと心に残り続けて、「お笑い芸人をやっていたらどうだったか」が、より美化されて強大に膨らむと思ったんです。だから、その可能性を消しておく、って感じ。あと、お笑い芸人をやる道にいけば、(成功は)1%か0.01%か、道は限りなく狭いかも知れないけど、ゼロではない……。
――そしてそれが「どうやら無理じゃないぞ」に変わってきた、と。
いやいや、ありがたいです。恵まれています。「26歳までにバイトを辞めへんかったら辞めよう」と思っていたんですけど、ギリギリ26歳ごろで賞レースに引っかかり始めました。バイトも辞められるようになって、それで何とか、大丈夫……なんですかね? とりあえずご飯を食べられる。それでもまだ、「30歳までに、もっとちゃんとなってないと、辞めよう」とは思っていました。「M-1優勝」で、たしかに「これで辞めなくていい」って感じにはなりました。
芸人のエッセイが好きな理由
――いま、橋本さんの目の先にいる人は。
うーん、……でもなんですかね。昔のテレビ、昭和のテレビが僕は好きなので。観るのと、勉強しようとするのとはタイプが違う感じです。だから芸人さんのエッセイをよく読みます。ほとんど読んでいるかも知れません。ハライチ岩井勇気くん、オズワルド伊藤俊介くん、ヒコロヒーさん、ふかわりょうさん、いとうあさこさん、光浦靖子さん……。直接喋ったことのない人でも、エッセイを読むと「なるほど」と思うんです。1冊読むだけで、その人と食事する以上の情報量を得られる。そこが好きなのかもしれません。
――光浦さんが50歳で留学する直前、「好書好日」で取材に応じてくださいました(前編/後編)。本からは、それこそ光浦さん自身の心象風景をのぞき見るような印象があって心揺さぶられました。
しかも、本の方が核心をついているじゃないですか。喋っていると照れるし、本音と建前のラインを意識してしまうけれど、本だと一気に超えて吐露してもらえる。だからお笑い芸人さんの本を読む機会が増えました。
――その体験が今回の執筆にも活(い)きているのでは。特にツッコミのリズムが心地良いです。
ありがとうございます。めっちゃ嬉しいですね。ラジオやテレビだと、たまに思ってもいなかったところへ話が勝手にたどり着くことがあります。「そんなこと、言うつもりもなかったのに、なんでそんなん出たんやろ?」という瞬間があるんです。文章も同じでした。書いていて、なんか急に思いがけない言葉が出てくる時があって、楽しかった。「こう終わろう」「こうしよう」と思っても、まったく違うところへと動き出していくんです。
――書くことで気持ちが浄化される面もあったのでしょうか。
それ、めっちゃあると思います。モヤモヤした気持ちがすっきりしました。また書きたい。あと、ラジオで喋るのと、漫才・コントのテーマとは別に、「これは、文章の方が面白さを伝えられるかな」というのを探りたい。文章での情景の書き方を探りたいです。まだ喋り言葉に寄って書いちゃっている。まあ、そこも、無理して書き言葉にしても、躍動感が出ないかもしれないけど。とりあえず今回はパッションで書く方法にしました。テンション、熱量を大事に書きました。
――今後、「このネタは文章向き」というように「フォルダ分け」ができていくのでしょうね。
そうできたらいいなと思います。これからは「静かなる怒り」みたいな表現ができたらと思います。でもそれはそれで、今回は良かった。楽しかった。
結成20年「毎年どんどん楽しくなる」
――本のなかでは、奥様のことも書かれています。普段、橋本さんが結婚生活について語ることはほとんどないですね。生活に変化は。
もともと「銀シャリ」というコンビで「ニコイチ」みたいな考え方をしてきたので、「違う人と一緒にいる」という訓練は漫才師の生活でできていたんです。その蓄積があるから、「2人で一緒」という生活になっても、結婚相手とはそんな喧嘩にならない。向こうも向こうで、自由でやっています(笑)。相手は鹿児島で仕事を持っていたので、一緒に住んでまだ半年ぐらい。家に帰って、今日の出来事を喋れる人がいるのは、気持ち的にラクですね。
僕ら銀シャリは、朝起きて仕事に行く前に鰻が僕にLINEをすることになっている。僕たちは漫才の衣装が揃いの青いジャケットで、毎回同じもののように見えると思うが実は7種類くらいある。だから、今日の仕事の青ジャケはどの青ジャケにするか、それが問題だ、なのだ。
「初代」「二代目」に始まり最新の「新ジャケ」まで、鰻からはその日の入り時間とともに、合い言葉が送られてくる。「8時半 新ジャケ」のような感じだ。暗号のようでいて、緊迫感はゼロだ。
そのあとも一応ルールには続きがあって、僕がちゃんと起きていて鰻からのLINEを確認できていれば、「!」を送ることになっている。既読がつくだけでは二度寝している可能性があるからだ。
(本文より)
――さらに面白いのは、相方の鰻さんが、本の章ごとにシュールな4コマ漫画を描いている点です。
僕も面白かったです。心強いというか。毎回、文章を書いた後、鰻に読んでもらって、それに関連する漫画をどういうふうに描いてくれるのかが楽しみでした。2025年で結成20年を迎えます。「もう20年もやっているのか」って感慨を覚えますが、じつは毎年どんどん楽しくなっているんです。引き続き、漫才をしっかりやりたい。楽しく2人でやりたいですね。あとは僕、「上方漫才大賞」をとりたい。あれは狙ってとりにいけない賞。ノミネートで選ばれないといけないんで、こうやって自分から「とりたい」と言うようにしています
――関東に引っ越して、関西の笑いから遠ざかった気持ちはありますか。
いやいや! 東京に住まいを移しても、ほぼ毎週末には大阪のNGK(なんばグランド花月)に立っていますから。さっき(平日に取材)は、東京・新宿ルミネの舞台に立ってきましたけど、ルミネも、めちゃくちゃいいお客さんで。
――そうか、もはや「銀シャリ」に東西の壁はないのですね。しかも劇場で観ていると、老若男女のファンがいますね。
ありがたいですよね。本当に。
――(ルックス重視の)「ワーキャー」じゃないからこその強み。
いやいや、一回くらいは「ワーキャー」味わってみたいですよ(笑)。
――(笑)最後に、今のお気持ちを。
僕は本屋さんめっちゃ好きで、今でもよく行くんです。とりあえず時間が空いたら本屋さん。昨日も新宿の紀伊國屋書店に行きました。もう見るだけでも楽しい。毎回行けば楽しい場所。ずっと昔から好きなんですよね、ちっちゃい町の本屋さんも。ちょっとした旅行感がある。読まなあかんのに、買っただけで読めてないものが多くなって、「積(つ)ん読」になって……。芸人エッセイもスポーツ系のノンフィクションも読みたいんです。
本って、一瞬で、その人の言いたいことがわかる。こんな手軽に簡単に買えるの、すごいと思うんです。僕、紙で買っちゃう。めくるの好きなんですよ。僕の初めての本が、大好きな場所に置かれるの、とても嬉しい。ホント感慨深いです。