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先入観を揉みほぐす「ヘーゲル(再)入門」 杉田俊介の新書速報

  1. 『ヘーゲル(再)入門』 川瀬和也著 集英社新書 1210円
  2. 『哲学古典授業 ミル「自由論」の歩き方』 児玉聡著 光文社新書 968円

 (1)は難解なヘーゲル哲学に対する素人(私のような)の先入観を柔らかく揉(も)みほぐしてくれる、大変にきもちのよい入門書である。ヘーゲルと言えば西洋近代哲学を体系化した人、正反合の弁証法の人、というイメージが強いが、けしてそうではない、と著者は言う。むしろ徹底的な「流動性」の哲学者だった。それは次のような意味だ。この世界には目的はなく、対立や敵対も解消されず、どこまでも反省し続けねばならず、「全てはグラグラと揺れ動かざるをえない。それでも私たちは思考を続けなければならない」。こわばった自分の先入観を「流動化」させて、難解な哲学書に再び、何度でも挑戦してみたくなる、そんな一冊だと思った。

 (2)もまたミル哲学への(再)入門に最適の一冊。ミルは危害原則(他人に危害を加えない限り、個人には最大限の自由が与えられるべき)で有名だが、それは以下の意味だという。「社会の停滞を防ぐには、社会の革新を生み出すような天才が育つ土壌を保つ必要があり、そのためには他人に危害を加えない限り、人々に最大限の自由を認め、多様な人生の実験ができるようにしなければならない」。「天才」とはエリート主義的だが、著者はさらに一歩、次のように読みとく。人と違うのはよいことだ、奇人変人たちでさえ――と。なおミルの思想には妻ハリエットとの共同作業という面があり、『自由論』の後には『女性の隷従』というフェミニズム的な著も書かれた。=朝日新聞2025年1月18日掲載