吉澤嘉代子さん 初めて曲を書いたとき、これで世の中と繋がれるって希望が見えた。「逃げたってだいじょうぶ。必ず出口はある」(第16回)
【今回のテーマ】 自己肯定感が低い私が自信を持てる言葉/久しぶりに地元に帰った時の気持ち
MCの劇団ひとりさん、WEST.の桐山照史さん、俳優の倉科カナさん、作家の金原ひとみさんとともに「わたしの日々が、言葉になるまで」に出演した吉澤さん。Xのプロフィールに「言葉が大好きです。」と書くほど言葉を大切にしてきた吉澤さんにとって、「言語化」の意義とは。
「番組の冒頭で劇団ひとりさんが『肩こりって言葉がない国の人は、肩こりを感じないらしい』というお話をされて、皆さんとひとしきり盛り上がったのですが、物事を言語化する、名前をつけるということには、いい面・悪い面どちらもあるように思います。例えば、「涙袋」や「人中」など、顔のパーツに名前がつけられることによって、問題点が浮かび上がって生きやすくなったり、コンプレックスがひどくなってしまったり……。
言葉というものは、見つけるたびに時代が更新されていくもの。そのなかで、気持ちや情景を言葉に落とし込む仕事をしている私は、どんなに言葉にできない思いだとしても、言葉にしようとすることを諦めてはいけないと思っています」
前半のテーマは「自己肯定感が低い私が自信を持てる言葉」。吉澤さんはいまだに「私なんかが表参道を歩いていてごめんなさい」とサササッと通り抜けるほど自己肯定感が低いというお話をされていました。一方で、自分の作る音楽には絶対的な肯定を持っている、と。
「私は学校という集団生活になかなかなじめませんでした。自分が日の当たる場所を歩いてこなかったという感覚があって、こうやって表舞台で歌を披露する仕事をしている今でも、その感覚が身に染みて抜けないのかなって思います。でも、表参道をサササッと歩く自分をわるいもの、弱いものとは思っていなくて。自分の大切なものは音楽にすべて注いでいるので、そのほかの自分はどうでもいい。私の大事なものは音楽にあるから、そのほかの奪われるものは自分にとって大切なものではない、と思っているからこういうバランスになっているだけのことだと思っています」
この記事は9月6日配信。毎年、夏休み明けの9月は不登校の子どもたちにとってキツい時期です。悩みのなか自己肯定感を削られている子どもたちへ、ぜひメッセージをいただけますか。
「私は、学校へ行くという勇気は出ないまま、逃げ続けました。その逃げ続けた先に音楽という出口があったんです。皆さんには『逃げたってだいじょうぶ。必ず出口はある』ということを伝えたいなといつも思っています。そして、心健やかに逃げ続けるために、どんな場所にいても、好きなもの、好きなことに囲まれていてほしい。それをかき集める努力をしてほしいと思います。
私の場合は、頭の中に物語をたくさん作り、それが誰にも介入されないシェルターとなって、自分を守ってくれたんです。その物語が曲を作ることにつながり、舞台に立って歌を歌うことになり、今こうしてここにいます。
内にこもっていたあの部屋で、初めて曲を書いたとき、自分はこれで世の中と繋がれるかもしれないって希望が見えました。それまでは、この先仕事に就けるのかな、外に出られるのかなと自分を信じていませんでした」
番組では自分を肯定するための考え方が表現されている歌として、吉澤さんの曲「抱きしめたいの」が紹介されました。
「あの曲は発表するかどうかも決めず、自分のために書こうと思って書いた曲でした。今日はまだ自分を許せなくても、愛せなくても、いつか……ていう気持ちを自分に約束したくて。自分に嘘はつけないので、どうしても今日はまだできないんだけれど、あなたのことを抱きしめたいと思っているよって、自分から自分へ贈るメッセージだったんです」
出演者それぞれに「自分を好きでいるためにかける言葉」を考えましたが、そこでも吉澤さんは「たとえば10年前の自分に今の自分が声を掛けるとしたら、だいじょうぶだよ、そのまま行けって言える。それと同じように、今の自分だって10年後の自分が見たらだいじょうぶって言ってくれるはず」とお話されていましたね。「今」に集中しすぎず、もっとふわっとした俯瞰で見るということが大事だと考えているのでしょうか。
「そうですね。友だちのDJ松永さんがテレビで『答え合わせはずっと先にある』と言っていたのですが、その言葉を聞いたときに、ほんとにそうだなと思って。私も、どれだけ音楽が売れるとか、どれだけたくさんお客さんを呼ぶとかっていうのが今の大事なことではあるんですけど、どんな道筋を辿ろうが最後までずっと歌い続けられたら、それが自分の中での勝ちだと思っています。そのいちばん大切な、どうやったら歌い続けられるかなっていう未来に目を向けられれば、今の一喜一憂から逃れられる気がします」
後半は「久しぶりに地元に帰った時の気持ち」というテーマでした。埼玉県の工場地帯で育った吉澤さんは、「いい思い出も悪い思い出も輪郭が強すぎて……」とお話されていました。ほかの皆さんの地元観で印象的だったことは。
「東京育ちの金原さんが『田舎を懐かしいと思わない』とおっしゃっていたのがすごく面白かったです。私はどんな場所で生まれようとも、わらべ歌や童謡から浮かび上がる田舎の景色はみんなにあると思っていたんです。私自身、ベッドタウン育ちで田んぼや野山の中で育ったわけではないけれど、小説や歌に登場する田舎の情景に懐かしさを感じていたので。金原さんはそういうものとは別の次元で生きていらっしゃるんだなというのが驚きでした」
今回、金原さんの小説『ミーツ・ザ・ワールド』も引用されましたが、吉澤さんのコメントは深く、鋭く、そうとう読み込んでいるのだなと感じました。
「金原さんとはいつかお会いできたらなと思っていたので、今回は興奮しっぱなしでした。小説やそのほかのコメントから、尖った方なのかなと想像していたのですが、実際お会いしたらすごく優しい方でした。皆さんのコメントにも一つずつ丁寧に、番組的にじゃなくて、マイクが拾わないような小さな声でもこまかく相槌を打っていらっしゃって。そのギャップにさらに興味が湧きました。
『ミーツ・ザ・ワールド』はもちろん読みました。ヒリヒリした予定調和のない展開と人物たちのやさしさが、冷たいのとあたたかいののマーブル模様になっていて、ラストでは朝焼けのような心地になりました。とても新鮮な物語でした」
このテーマを皆さんと話し合って、吉澤さんの地元観に変化はありましたか。
「垣谷美雨さんの『うちの父が運転をやめません』という小説が引用されたのですが、せっかくの長期休暇に帰省することを憂鬱に感じる主人公のお話なんです。でも、列車からホームに降り立った途端、優しい気持ちに変わるんですね。ああ、そういえば私もそうだった、と思いました。地元に帰る前は、億劫に感じたり、怖気づくのですが、いざ帰ってみると、思ったより怖くなかったなって毎回思うんです。今度の帰省では、それを忘れないようにしたいです」
最後に「わたしの日々が、言葉になるまで」は吉澤さんにとってどんな番組ですか。
「大好きな番組です。国語の授業に正解がないように、この番組も、言葉には間違いも正解もないんだよ、ということを教えてくれます。ひとりひとりの言葉に対する発想に、面白いなって唸り合う、そんな静かな夜が流れるこの番組がずっと続いてくれたらいいな」
【番組情報】
「わたしの日々が、言葉になるまで」(Eテレ、毎週土曜20:45~21:14/再放送 Eテレ 毎週木曜14:35~15:04/配信 NHKプラス https://www.nhk.jp/p/ts/MK4VKM4JJY/plus/)。次回の放送は9月13日(土)20:45~。