櫻田智也さんの読んできた本たち 会社員の傍ら、物書きとして歩み始めた「デイリーポータルZ」(後編)
――ところで修士を終えた後は、就職されたのですか。小説は書いていたのでしょうか。
櫻田:最初の就職先に3年勤めて、そこを辞めて転職しようかどうしようかという時に、短篇を一篇書いて東京創元社の短編賞に送ったんです。当時は「創元推理」という文庫サイズの雑誌があって、その創元推理短編賞に応募して、一次は通ったけれど最終には残らなくて。それでやはり転職してサラリーマンを続けていくしかあるまいということで、転職をしました。神奈川県に本社がある会社に入ったんですけれど、そこが岩手に工場を作ることになり「行ってこい」ということで、岩手に転勤になりました。
工場の立ち上げだったんで、めちゃくちゃ忙しかったんです。早朝から深夜まで働いて、土日もない感じでした。その後2年くらいして結婚もしたので、本を読む量も減っていましたし、小説を書こうという気もなくなってはいたんですけれど、やっぱりあまりにも会社ばっかりの生活が続いていたのでなにか違うことをやりたくなったんですね。
その頃、「デイリーポータルZ」というサイトを面白く読んでいたんですけれど、その片隅に「ライター募集」みたいな告知があったんです。ふーんと思って。子どもの頃、漫画家の次に僕がなりたいと思っていたのが、清水義範さんや中島らもさんのような面白い文章を書く人だったんです。「デイリーポータルZ」でライターをすればそれが叶えられるなと思いました。
記事の書き方も分からなかったんですけれどWordに適当に写真と文章を貼り付けて送ったら、何か月か後に「試しに載せるので、ほかの記事を書いてみませんか」みたいなお返事がきて、それがきっかけでレギュラーで書かせてもらえるようになりました。僕にとって原稿料をいただくという、はじめての経験でした。仕事が忙しいのにそんなことを始めてしまったおかげで、なおさら忙しくなったんですけれど。
「デイリーポータルZ」に共感したのは、基本的にライターの匿名が禁止だったんですよ。結局ライター名を使っている人もいますが、基本的に本名で、ライターの写真も自分の顔を出してほしいということでした。それで名前と顔を出して記事を載せてもらうようになって、それは3年か4年続けました。
――面白い文章を書くのって、すごく難しいと思うんですが。
櫻田:正確にいうと、自分の場合は文章だけで笑わせるというよりは、記事全体で馬鹿なことをして笑ってもらう、というものでした。「デイリーポータルZ」の記事がすべて馬鹿なことをしているわけではなくて、変なこと担当みたいな人が数人いるんです。「〇〇にチャレンジしました」みたいな記事で、変わったことをして、写真を撮ってキャプションをつけて、ちょっと変わった地の文があって...みたいな。
――今でも櫻田さんが書いた記事は読めるのでしょうか。
櫻田:やめたほうがいいですよ! 10年以上も前のものですし! あの、すごく馬鹿なことをやっているんです。岩手で真面目に食品会社の品質保証部の会社員をやっていて、その傍らで週末ごとに同じ町でわけのわからない写真を撮って歩いていたんです。ある時、仕事のトラブルで保健所さんのお世話になることがあって、いろいろ見てもらって、真面目に事情などを説明したことがあったんです。退職して北海道に戻るとなった時に、その保健所の方に「いろいろお世話になりました」とメールを送ったら、返信に「じつは『デイリーポータルZ』の読者でした」みたいなことが書かれてあって。僕がその人の前で真面目くさって工場の説明をしていた時、その人はずっと厳しい顔だったんですよね。でもじつは「デイリーであんな馬鹿なことをしている人が、真面目くさって説明してるなあ」とか思っていたのかと思ったら、もう本当に深夜にパソコン見ながら大汗をかきました。
――そういう記事も書いていたけれど、やっぱり小説も書きたい、という気持ちが生まれていったのでしょうか。
櫻田:震災が大きかったんです。2011年に震災があって、2012年くらいには会社を辞めようと決めて、1年くらいかけて引継ぎなりなんなりをし、2013年に辞めて北海道に来たんです。別に転職先を見つけたわけではなくて、疲れもあったしひとまず休もうと思い、全然次の仕事も決めていませんでした。岩手で馬鹿な写真を撮り続ける気持ちにもなれなくて、震災直後に「デイリーポータルZ」も辞めていました。
北海道でまた仕事を探すのか、それとも何か違うことにチャレンジしてもう一回気持ちを立て直すのかと考えた時に、「デイリーポータルZ」で文章を書いていたこともあり、またちょっと小説欲が出てきたんです。昔目指したものにもう一回チャレンジしてもいいかなということで、2012年に東京創元社のミステリーズ!新人賞に応募して、それは落ちたんですけれど2次選考くらいは通してもらえたので、だったらもう1年頑張ったらものになるかもなと思い、次の年までに作品を練り、応募した短篇で新人賞をもらいました。北海道に来て、ハローワークに通っている時期に新人賞を獲りましたという連絡をいただきました。
――それが、2013年にミステリーズ!新人賞を受賞された短篇「サーチライトと誘蛾灯」ですね。その前に、同じく2013年に「友はエスパー」という作品で創元SF短編賞の最終候補にもなっていませんか?
櫻田:ああ、あれはSFといっても出てくる題材がスプーン曲げで、現代のSFとは言えない内容なんです。2012年にミステリーズ!新人賞で一回落ちて、翌年もう一回挑戦しようとなった時、その前に創元SF短編賞の締め切りがあったんですよ。僕にはSFの素養はなくて、あれはSFの賞を狙ったというよりは、伏線回収で小説を作るという作業をきっちりやってみようと思って書いた短篇だったんです。
スプーン曲げを題材にしたのは、震災後の2012年に森達也さんのノンフィクション『オカルト 現れるモノ、隠れるモノ、見たいモノ』という本を読んだことがきっかけですね。僕、震災のあと、フィクションを読めなくなったというか、読まなくなっちゃったんですね。震災後、久しぶりに本でも読むかという気持ちになって書店に行った時、森さんの『オカルト』が置いてあったんですよね。それが伊坂幸太郎さんの推薦コメントの帯だったんです。伊坂さんが帯を書いているならちょっと読んでみようかなと手に取りました。
それまで森達也さんのことは、昔、オウム真理教のドキュメンタリーを撮っていた人だというくらいしか知りませんでした。僕、ちょうど地下鉄サリン事件の時が大学受験だったので、それはよく憶えているんです。でも大学の尞に入ったらテレビがなくて、その後のことがぽかっと抜け落ちているんです。
『オカルト』は、スプーン曲げの人とか、ダウジングの人とか、いわゆる超能力を持っているとしてメディアに出てきた人たちを取材した本です。それがとても面白かったので、その前作にあたる『職業欄はエスパー』の文庫も読んだりして、一時期、森達也さんのドキュメンタリーノンフィクションを読んで過ごしていました。そういうことがあって、2012年に習作のつもりでスプーン曲げを題材にした伏線回収のお話をひとつ書いて、どこまでやれるのか試すつもりで創元SF短編賞に応募したんです。それが最終選考に残ったと知ったのは、ミステリーズ!新人賞の応募作を出した後だったと思います。
――そしてミステリーズ!新人賞で「サーチライトと誘蛾灯」が受賞したわけですね。探偵役は昆虫好きのとぼけた青年、魞沢泉。当初からシリーズ化は頭にあったのですか。
櫻田:全然考えていなかったんです。もう一発勝負のつもりで、自分の好きなキャラクターを参考にして、自分が好きなタイプの推理小説をきちんと書いてみようとしただけでした。
魞沢のモデルは亜愛一郎ですが、書くにあたって亜愛一郎のシリーズは一切読み返しませんでした。僕の中で出来上がっている泡坂さんっぽいものを書こうと思ったので、逆に読み返すことなく書いたほうがいいと思ったんです。
受賞後、編集部からは「シリーズにしてもしなくてもいいです」と言われたので、最初はシリーズではないものを書いたんですけれど、あまり評判がよくなくて。そのあたりで先ほどお話ししたように、物語の書き方に悩みながらミステリー以外の小説を読み、2、3年してから書いた魞沢ものが2本くらい連続で雑誌に載せてもらえたんですよね。じゃあもう2本書いて1冊の本にしましょうという話になって、そこでシリーズ化を意識してもう2本書き、4年がかりで本になりました。
――それが『サーチライトと誘蛾灯』ですね。昆虫好きの探偵が書きたかったわけでなく、たまたま単発で書いた作品の謎解き役が昆虫好きだった、ということですか。
櫻田:そうですね。夜の公園を舞台にすることは決めていて、そこに探偵役をどうやって呼んだらいいんだろうと考え、虫を探しにやってくる設定にしただけだったんですよね。あれきりの探偵のつもりで書いたキャラクターだったんですが、シリーズ化するなら探偵が何者か分からないと読者もどう読んでいいか分からないだろうということで、後からキャラクターみたいなところを肉付けしていく感じになりました。
――魞沢さんは飄々としているけれど、一見謎があると思えないところにも意外な真相を見つけてしまう青年です。毎回、なにかしら昆虫にも言及されるけれど、昆虫の生態そのものが謎解きのキーになるわけではなく、いろんなバリエーションの謎が描かれますね。
櫻田:もともと探偵が昆虫の知識を使って謎を解く、みたいなミステリーにするつもりはなかったんです。虫の生物学的知識はあまり入れずにシリーズを書くなら、虫は何かを暗示する存在として使う以外に手がないと思いました。『サーチライトと誘蛾灯』の2篇目の「ホバリング・バタフライ」で、最後に蝶と被害者の魂みたいなものを重ねた部分を書いた時に、こういう書き方だったらいけるかなと思いました。次の「ナナフシの夜」も、木に擬態するナナフシと登場人物を重ねるというやり方で書いて、そのふたつがまあ、わりと僕の中では手ごたえがあったので、この方向でいってみようと固まっていった感じでした。
でも、3冊出すのにまさか10年もかかるなんて思っていませんでした。特に1冊目の時は書かないと本にならないという焦りがあって、後半の短篇はどんどん深刻な、暗い感じなっていますね。それは書き手の僕の気持ちを映しています。評判がよかった4篇目の「火事と標本」という話には写真家を目指しているけれどなかなかうまくいかずにいる青年が出てきますけれど、それは本当に、新人賞をもらったけれど本が出せずにいる当時の僕の気持ちを映して書いた作品です。
――「火事と標本」や第二弾の『蟬かえる』に収録された「コマチグモ」は日本推理作家協会賞(短編部門)の候補になり、そして『蟬かえる』は日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)と本格ミステリ大賞を受賞されましたね。
櫻田:あれは本当にありがたかったです。そんな、何かに取り上げられるような本じゃなかったんですけれど、わりと作家の方が応援してくれて広まったのかなという気持ちがあります。それこそ、新人賞の時の選考委員だった米澤穂信さんが触れてくださったり、同じ東京創元社からデビューした青崎有吾さんや相沢沙呼さんが触れてくれたりして、ちょっとずつ話題にしてもらったんです。
――魞沢さんはいろんな場所に行き、遭遇する謎も猟銃が絡んだり、遺跡発掘の現場だったりいろんなシチュエーションがありますが、毎回どのように考えられているのかなあと。
櫻田:僕も自分で振り返って、どうやって作ったのかなと思うところはあります。わりと、こういうトリックを使ったミステリーが書けないかなと四六時中考えていると、ぴったりくる情報が入ってくることがあるんです。たとえば猟銃を使って何かできないかと考えている時に、熊のニュースが飛び込んできたりして。無理やり設定から考えることもあります。『六色の蛹』の3話目、「黒いレプリカ」は遺跡発掘の話ですが、僕は北海道に移ってから埋蔵文化センターというところでアルバイトをしていたので、そこを舞台に一本書けないかと常々思っていたんです。土器に虫が混じっていることがあるとか、それを研究している人がいるというのは知っていたので、それを絡めて一本書けないかと無理やりひねり出した話でした。
――第三弾の『六色の蛹』では、私は生花店が舞台の「赤の追憶」で泣きました。魞沢さんの優しさが沁みます。毎回いろんな人が登場しますけれど、みんな印象深く、魅力的ですね。会話がすごくいいなって思ってます。
櫻田:ああ、それなら本当によかったです。僕は人をどう描くと魅力的に映るのかがいまだに分からなくて。なので、外見はまったく描写していないんです。会話にしかキャラクターが宿る部分がないので、とにかく会話でこういう人だと分かってほしい、という気持ちです。まあ、魞沢シリーズはあまり悪人が喋るシーンがないんですね。犯人との対決もないですし、こいつ悪い奴だなと思う人がいてももう死んでいたりするので。基本的には魞沢と語り手の会話が多いわけですが、語り手は一話ごとの魞沢のバディであるので、嫌な感じの人物が出てこないというのが、読み味に繋がっているのかなと思います。
――シリーズは3冊どれも短篇集ということは、この先も魞沢さんの長篇は考えていないのでしょうか。確かに毎回視点人物が変わる短編集なので、長篇は難しいと思いますが。
櫻田:そうですね。やはり亜愛一郎のスタイルをやりたいのであれば長篇は書けないですし、そもそも長篇に登場するようなタイプのキャラクターじゃないなと思っていました。僕自身、亜愛一郎の長篇は読みたくないですし、一読者として魞沢の長篇を読みたいとは思わないので、魞沢はあくまで短篇の探偵ということで割り切ってやっています。
ただ、2作目を書いた後、ちょっと長篇にも挑戦してみたんです。やっぱりうまくいきませんでした。新潮社の新井さんと初長篇のお約束もしていましたから、魞沢で長篇を書くのはやめよう、と思いました。
――新潮社の新井久幸さんとのお約束というのが、新作の長篇『失われた貌』なのですね。
櫻田:新井さんは『サーチライトと誘蛾灯』が出た直後に連絡をくださったんです。そんな人は新井さんしかいなかったのでお会いしたんですが、「東京創元社で何冊か出すまで待ってください」と言って、はや8年みたいな感じになってしまって...。会わせる顔がないなと思った時期もありましたが、いつも気さくに声をかけてくださって、それに救われ続けてきました。
2018年にはじめてお会いした時に「次の『蟬かえる』も短篇集なんです」というお話をしたら、「じゃあこちらでは長篇を書き下ろしでやりましょう」という話になったんです。
僕は最初から、長篇をやるならアマチュア探偵ではなく刑事ものをやりたいなと思っていたんです。ただその時は1冊目を出したばかりだったので具体的な話にはならず、ご挨拶させたいただいただけで、本当に具体的に話を進めていきましょうとなったのは、そこから6年を経た去年の8月でした。
――職業探偵ものがお好きだったこともあり、自然と刑事が主人公となったわけですか。
櫻田:そうですね。一度、若林踏さんとの対談企画で、亜愛一郎以外に好きな名探偵はいますかと訊かれた時、僕は答えられなかったんですよ。それで、亜を除くと、どうも僕が好きなのは「名探偵」と呼ばれるようなタイプの人たちではないなと気づいたんです。それってつまりアマチュア探偵ではなく、職業探偵が好きということだなと思って。モース警部だったり、アルバート・サムスンだったり。原尞さんの沢崎も私立探偵だし。
アマチュア名探偵の話だと、混迷を極めたあげくに名探偵が謎を解き明かすスタイルが多いと思うんですけれど、僕が好きなのは、トライアンドエラーを繰り返しながらも着実に進んでいるという実感が得られるタイプの推理小説なんですよ。それこそ最初に読んだ十津川警部ものも、犯人がこの人だと分かっているなかでアリバイを崩すためにうろうろしながら情報を集めていったりする。そういう足取りを楽しむ推理小説が僕は好きなんですよね。長篇を書くなら、自分もそれをやりたいと思いました。
――『失われた貌』の主人公は、J県媛上警察署捜査係長の日野雪彦。家族は妻と中学三年生の娘です。山中で顔を潰された死体が発見されて捜査を進めるなか、彼の周辺では同時進行でさまざまな出来事が起きる。それぞれが少しずつ作用しあっていく過程がめちゃめちゃ面白かったです。ものすごく濃密で、これが本当に初の長篇なのかという。
櫻田:長篇を書き上げたのははじめてでした。最初、新井さんに「月刊櫻田」みたいな感じで、毎月原稿をお送りしたんです。最初の短篇集を出すのに3、4年かかりましたが、そんなにお待たせするわけにはいかないし、とにかく一回形にしたほうがいいなと思い、本編を書き進めて毎月お送りしました。新井さんは「プロットが送られてくると思っていたら原稿が届いたので驚いた」と言っていますけれど。それでいただいたアドバイスを反映して前の部分を直しながら、ようやく全編をお送りできたのが今年の2月でした。だから丸半年くらい「月刊櫻田」をやったと思います。今の分量より結構長くて、そこからは削る作業でした。ただ、新井さんから「ここをもうちょっと推理として読ませてほしい」とか「この人物のことをもっと知りたい」という指摘を受けて、逆に膨らませた箇所もあります。
――警察の人間や事件の関係者、さらに町の住民などいろんな人が登場しますよね。曲者っぽい弁護士の剣菱やバーのマスターなど、この人出てくると絶対面白いシーンになると思わせるキャラクターもたくさんいる。
櫻田:剣菱を挙げてもらえるのは嬉しいです(笑)。
――日野が語り手である地の文も会話部分もめちゃくちゃ面白くて、ずっと読んでいたくなりました。結構ユーモアもありますよね。地の文で声出して笑った箇所もありました。
櫻田:そういってもらえると嬉しいです。僕がハードボイルドタッチな小説が好きなのは、とにかく読んでいて面白いからなんです。この世界にずっと浸かっていてもいいなと思える推理小説が好きなんですね。それに、笑える部分は入れたいんですよね。最初はもっと過剰で、抑えなさいと新井さんに言われました(笑)。
――そして、もう、後半は伏線回収がものすごくて。
櫻田:当初は海外ミステリーの「あ、これ伏線かと思ったのに関係なかったんだ」という感じがもうちょっとあったんです。ただ、捜査を進める過程で登場人物が際限なく増えてしまうので、それまでに出てきた人物のエピソードを利用したことが伏線回収になった部分もあります。前半で作為なく書いていたものが後半になって「あ、伏線回収に使える」となったものもありますし。
――これ、シリーズ化を考えていたりします? 期待してしまいますが。
櫻田:あ、いや......。本当に書き終えて本になるまではとてもじゃないけれど余裕はなく、何も考えずに書いておりました。
――さて、執筆時間など、一日のタイムテーブルって決まっていますか。
櫻田:全然ルーティンというものがなくて。ルーティンがないからこんなに書く時間がかかっているんですけれど、書く時はずっと書いているし、今日は全然書けないって時はもう書かない、という感じです。
――じゃあ、朝型夜型もない感じですか。
櫻田:ああ、ちょっと前までは会社勤めしていたので朝起きていましたけれど、今は若干寝坊して深夜まで起きている感じです。でも、よっぽど追い詰められていないと宵っ張りで仕事をすることはないですね。
――本を読む時間はありますか?
櫻田:僕は小説を書いている期間は本が読めないんですよね。読む時間があるくらいなら書く時間にあてたい、というのもありますけれど、人の小説を読むと自信を失っていく気がして。今は『失われた貌』を書き終えたところなので、少しずつ読んでおります。
――デビュー後の読書で、印象的だった作品があれば教えてください。
櫻田:デビューした後で苦しんでいる時にミステリー以外の小説に手を伸ばすようにしていたことはお話ししましたが、その時に好きだったのは、角田光代さん。『対岸の彼女』がすごく面白くて、そこから立て続けに何冊か読みました。それと、僕がとても好きなのは西川美和さんの『永い言い訳』なんです。
――西川さんの監督・脚本で映画もありますよね。
櫻田:僕はあの小説が好きすぎて、映画が怖くて観れてないんです。文章を読んで大泣きしたのは『永い言い訳』が最初で最後な気がします。本を読んでしんみりくるとか、ジーンとする、みたいなことはあったとしても、公園のベンチかどこかで読んでいて屋外でボロボロ泣いたのはこの本だけです。主人公に共感してどうこうということじゃなくて、あるシーンでなんか、いたく感動して大泣きをしてしまったんです。今でも、たまにそこだけ読み返して泣くという楽しみがあるんですけれど(笑)。
話のスタートは本当にしょうもないんですよね。自分が不倫の逢瀬をしている最中に、妻が事故に遭って死んでしまう。そんな話なのになぜ、俺はこんなに感動しているんだろう、みたいな感じもあって。なんか、忘れられない一作ですね。
――櫻田さんが大泣きしたのって、どこのシーンでしょう。
櫻田:事故の遺族説明会で知り合い、親しくなった男性が、あるトラブルを起こすんですね。それを聞いた主人公が夜の町を駆けるシーンがあって、そこがまあたまらなかったですね。
これは、主人公が自分の真の姿を受け入れていく、みたいなことが描かれた小説だと思うんですけれど、わりとユーモアある文体で、ぜんぜん悲愴感がないんです。読み口としてはかなりライトなんですけれども、それでいて圧倒的な感動を呼び起こすのが、なんか、すごいなあと思います。
――さて、今後の執筆のご予定は。
櫻田:東京創元社の「紙魚の手帖」の10月号に魞沢ものの短篇を寄せることになっているので、今そのために頑張っているところです。