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内田有美さんの絵本「おせち」 アーサー・ビナードさんの英訳版も刊行 新年を寿ぐ料理に込められた祈りを感じて

『おせち』(福音館書店)より

“昔ながらの伝統的おせち”を丁寧に描く

——絵本『おせち』は編集担当の関根里江さんが長年あたためられてきた企画だそうですね。

内田有美(以下、内田):私が描いた「モンブラン」が表紙となっている雑誌を見て、関根さんが「『おせち』をテーマに絵本をつくりませんか?」と声をかけてくださったことがきっかけです。実は私も関根さんと同じくおせち料理が大好きで、「おせち」をモチーフにした作品をいつかつくってみたいと思っていたので、「ぜひやりたいです!」と即答したことを覚えています。

——黒豆や田作りなどの祝い肴をはじめ、栗きんとんや昆布巻きなどの口取り、焼き物や酢の物、煮染めといった「伝統的なおせち料理」が絵本では紹介されています。

内田:料理研究家の満留邦子さんに昔ながらのおせち料理を実際に作っていただいて、絵の土台となる写真を撮影しました。丁寧につくられた美味しいおせちの数々を撮影後に試食させてもらいながら、あらためてそれぞれの具材にまつわる縁起やおせちの由来について勉強しました。

 和文化研究家の三浦康子さんに監修してもらったことで、新たな発見もありました。例えば、ごぼうをお肉で巻いた八幡巻き。最初は、鶏ひき肉の松風焼きとともに、「お肉の料理」としてまとめようと思っていたのですが、「八幡巻きの主役って、実はごぼうなんですよ」と教えていただいて。地中まで根を張るごぼうの生命力の強さが、長寿や健康を願う意味につながるので、「たたきごぼう」と同じページで紹介することに。それぞれのおせち料理の意味を関根さんと一つひとつ確認しながら、構成を練り上げていきました。

『おせち』(福音館書店)より

幅広い読者に支持されベストセラーに

——まるで本物を見ているかのような繊細なおせちの絵が美しいです。

内田:当初、月刊絵本「こどものとも年中向き」として刊行するということで、制作中はもっと小さなお子さんが喜ぶようなかわいらしい絵のほうがいいんじゃないかと不安になったこともありました。食べ物の絵を描くときは、オーバーな質感にしたり、実物以上に彩度を高めて鮮やかにしたりしないよう、自然な表現を心がけているのですが、「子どもが読むにはちょっと地味じゃないかな……」と心配になって。関根さんに「お子さんが読んでつまらなくないでしょうか……」と何度も聞いては、励ましてもらっていました。

「描くのが楽しかったのは華やかな車海老。リアルな色合いを出すのに苦心したのは里芋や花レンコンなどの白い食材」と内田さん。『おせち』(福音館書店)より

——ハードカバーとして出版されてからは、絵本のメイン読者層である親子だけでなく、幅広い年齢層に支持され、発売1年で16万部を超える人気となりました。アーサーさんは翻訳のお話が来たとき、どう思われましたか?

アーサー・ビナード(以下、ビナード):今年のはじめに、多摩市で「日本の風土」をテーマにした講演をしたのですが、来場した方が「アーサーさん!『おせち』っていう絵本を知っていますか?」と話しかけてくれて。「“風土のフード”を描いた素晴らしい作品だから、ぜひアーサーさんが翻訳して英語版を出してくださいよ!」と実際の絵本を見せてくれたんですね。そのあと、『おせち』の英訳のオファーが来たので、不思議なご縁にびっくりしました(笑)

 英訳に取りかかる前にあらためて、今なぜ「伝統的なおせち」を紐解く絵本がベストセラーになったのか、理由を考えてみたんです。最近では、家庭で一から「おせち」をつくる人は少なくなっていますよね。デパートで買うきらびやかなおせちには、アワビやローストビーフなんかが入っていて、とても豪華だけど、「お正月におせち料理を食べる」ことの意味からはだいぶ離れてしまっていると感じます。

 もし50年前にこの絵本が出版されたなら、「おせちの由来」なんて当たり前のこととして、こんなに評判になっていなかったかもしれない。多くの日本人がいつの間にか忘れかけていた「おせち」本来の姿を、絵本を通して分かりやすく教えてくれる。小さな子は初めて知る世界であり、年配の人にとっては懐かしさがある。若い世代にとっては先人たちの風習を再発見すると同時に、ある種“エキゾチックな新鮮味”もあったのではないかと思います。

内田:私は「おせちを描いてみたいな……」と夢見ていたころから、「作品にするなら海外の方に日本文化を紹介できるよう、英訳もつけたい」と考えていたので、日本文化に造詣が深いアーサーさんに翻訳してもらえると聞いて、とてもうれしかったです。

おせち料理に込められた「祈り」

——日本語版の絵本は、わらべ歌を口ずさんでいるようなリズミカルな文章です。語呂合わせも多いおせち料理の意味を、どのようにアーサーさんが英訳されるのか、楽しみにしていました。

内田:子どもたちに伝わるように表現はなるべくシンプルに、心地よく耳に響く文章にしたいと思い、何度も口に出して読みながら、編集の関根さんと試行錯誤しました。例えば、栗きんとんや金柑の甘露煮は「金運」を願う縁起物ですが、「きんとん きんかん/きんいろ こがね/おかねが いっぱい/たまりますように」のように、小さな子どもでもすぐに分かる言い回しを心がけました。

『おせち』(福音館書店)より

ビナード:これから「おせち」の絵本を英訳することを日本の友人に話したとき、「ほとんどダジャレだよ! 一体どうやって英語にするの?」と心配されたんですよ(笑)。確かに、「まめに暮らす」から「黒豆」、「喜ぶ」から「こぶ巻き」といった語呂合わせや掛詞の翻訳は、なかなかややこしくてハードルが高い。

 でも、おせち本来の意味を掘り下げて想像してみると、決して単なる語呂合わせではない。ちゃんと実体がある。新年を迎えて「今年もまめに暮らせますように」と願いながら、黒豆をおはしでつまんで食べ、その力を体内に取りこむ。「子宝に恵まれますように」と祈りながら、ぷちぷちした数の子の一粒一粒を噛みしめる。「おせちを食べる」ということは、新しい年を無事に迎えられたことを寿ぎ、五穀豊穣をはじめ、家族全員が健康に過ごして繁栄するビジョンを皆で共有するという「祈り」の行為そのものなんですよね。

——テキストが少ない「絵本」であるという制約のなかで、文化的な背景も含めて分かりやすく「おせち」を英語で表現するのは、大変だったのではないでしょうか。

ビナード:日本語を知らない海外の読者が無理なく、おせちを“祈りの装置”として捉えるにはどんな工夫が必要かということから、まずは考えました。数の子なら“May we be blessed many children.”、結びこんにゃくなら“May friendship tie us together.”というように、おせちに込められた願いの本質的な部分を「○○になりますように」という文で表しています。

“OSECHI Food for the New Year”(福音館書店)より

ビナード:ほかにも、日本語版の「ぶりや さわらは/しゅっせうお」のページは「おおきくなると/なまえが かわる」と非常にシンプルな説明ですが、英語版では“Inada, Warasa, Buri, Sagochi, and Sawara....May we continue to grow and change too.”と、あえて日本語の名称を取り入れて表現しています。英語では、例えば羊を指す名詞は一般的に“sheep”ですが、子羊は“lamb”、雌羊は“ewe”、雄羊は“ram”と、成長や雌雄によって呼び名が変わります。それと同じように、日本では「魚」を成長のステージに合わせて呼び分けていることを、日本語そのものの響きを生かして面白く伝えようと思いました。

——日本語版を読んでから、英語版を読むとなんとなく分かったつもりでいた日本の文化や、おせちが持つ意味がさらにくっきりと見えてくる。両方読むと、二段階で理解が深まると感じました。

英語版表紙のタイトルで“Japanese food”などと説明せず、あえてひらがなで「おせち」と入れたのはアーサーさんの提案だそう。“OSECHI Food for the New Year”(福音館書店)より

内田:英語版には日本語版にはない「おせちガイド」も巻末にあるんですよ。

ビナード:それを読むと全体の「おせちの構造」がよく分かる、実に面白いページです。ただ、内田さんは新しいイラストをたくさん描かないといけなくて大変でしたね。

内田:楽しみながら、おせちの食材の原型をいろいろと描き下ろしました! ぜひ、日本語版『おせち』との違いを読み比べていただければと思います。絵本をきっかけにして、おせちを囲みながら家族の会話が弾む新年を過ごしていただければうれしいです。

ビナード:すぐにはできないかもしれないけれど、例えばお子さんがいる家庭なら、親子で家庭菜園の野菜を収穫するところから「おせち」づくりに挑戦してみるのも楽しいと思います。自分たちで掘り起こした大根と人参を使って「紅白なます」をつくるとか。そうした経験があると、先人たちが持っていたおせちへの感覚がよみがえります。自らつくってみると、おせちにまつわる縁起がダイレクトに、実感として湧くんじゃないかな。この絵本が、おせち料理の奥にある祈りのすごさに気付くきっかけとなることをぼくは願っています。