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夏川草介さんの読んできた本たち 医学部時代に自分が探していた何かは漱石の本の中にあった(後編)

「作家の読書道」のバックナンバーは「WEB本の雑誌」で

夏目漱石と哲学書

――医学部は勉強が大変だと思うのですが、高校時代より読書量が増えたのですか。

夏川:まあ本当は勉強をしなきゃいけないんですが、当時の医学部は今ほど厳しくもなく、特に最初の2年間は教養課程で、医学の勉強はあまり始まらないんです。今の医学部はもう1年目からどんどん勉強させるようになってきていますけれど。

 で、はじめて長野に来てみたら、とにかく寒い。4月に来て最初の1か月でもう気管支炎になりました。あまり寒いのが得意ではないこともあり、寒さのためにすごく苦労したんですね。もう30年前の話ですけれど、あの頃は3月末に大阪で桜が散るのを見てこっちに来たらゴールデンウィークに桜が咲くので、もう全然違う国に来たんだ、と思いました。真冬は朝起きるとアパートのキッチンに置いてあった鍋の味噌汁が凍っているんですよ。そういう場所だったので、もともと無趣味だった私はどこにも出かける気がなくなってですね、完全に家の中にいるんです。そうすると、やることといえば本を読むことだという。せっかくなら片っ端から読もうと思い、夏目漱石などの明治の文豪を本格的に読むという目標を作りました。手あたり次第に読んでいたのが大学1年から4年までだったと思います。

――夏川さんの『神様のカルテ』の主人公、栗原一止は夏目漱石の愛読者ですよね。やはり夏目漱石が面白かったですか。

夏川:私の中で夏目漱石は別格ですが、あの時代の有名な作家は、順番に幅広く読みました。夏目漱石、森鴎外、幸田露伴、樋口一葉、内田百閒、さらに遡って二葉亭四迷とか、『小説神髄』の坪内逍遥とか。片っ端から読んで、自分の中にいろいろ文学の地図ができていって、私小説は面白いけれど、自分にはそこまで響かないと感じたのもこの頃で、例えば田山花袋の『蒲団』を読んで、面白いけれどちょっと下品かな、こんな話そこまで聞きたくないかな、みたいに思ったり(笑)。若気の至りかもしれませんが、訴えかけるものに哲学がないなという印象を持ちました。

 幸田露伴は文章がすごく美しいと思い、その系譜で泉鏡花や、中江兆民の弟子の幸徳秋水にも手を延ばして、内容より先に文章そのものに惹かれて読めるだけ読みました。

 ちょっと毛色の違うところで、志賀直哉の『暗夜行路』は大切にしている作品です。志賀直哉の他の作品はそんなに好みではありませんが、『暗夜行路』は違います。あれは書名からも分かるように、真っ暗な夜道を歩くような辛い生活が描かれるんですね。でも主人公の時任謙作の、叩かれても叩かれても立ち直っていく強さと、他者を攻撃せずに自分の中で決着させて次の人生に進んでいく姿に、私からするとある種の格好よさがありました。

 そうした色々な作品の中でも別格の存在感があったのが夏目漱石だったんです。作品全体の中に何か自分の探していたものを見つけたような感覚でしょうか。たとえば、世界がどんどん変わっていく中で古い道徳を壊すのはいいけれど、壊す時は新しい道徳を作ってからにしなさい、というようなことを言うんですよね。アレキサンダーでもナポレオンでも、勝って満足した人は一人もいないんだよ、とか。言葉の隅々に、何か自分が探しているもの、自分が疑問に思っていることに答えてくれるものがある気がしました。勝てば官軍ではないし、理屈が通らなくても大事なことはあるし、それこそ『坊ちゃん』にありますけれど、金とか地位が全部じゃないっていう、ごく当たり前のことが、切実に力強く自分の中に入ってくるものですから、漱石は特別な作家として繰り返し読みました。その文章も物語も哲学も、それぞれに響くものがありますし、漱石が書いた手紙にも味わい深いものがたくさんあります。

――ご自身のペンネームも漱石からとったのですか。

夏川:夏目漱石と川端康成と『草枕』と芥川龍之介ですね。その三人の作家は別格で、それぞれに私の中にすごく大きなものを残してくれています。たとえば、芥川龍之介の『歯車』を読んだ時は、まるで私のことを話しているのかと感じました。その頃は自分も世の中とうまく嚙み合わず、部屋に閉じこもって延々と本を読んで、ちょっと体を壊すくらい酒ばかり飲んでいる人生だったものですから、自分だけじゃないんだっていう感覚があったりして。川端康成の『古都』を読んだ時は、高校時代に京都の予備校に通っていたので懐かしく感じましたし、今はなくなってしまった景色が繊細で美しい言葉で表現されているなと思いました。そして、自分の中の不安を言語化してくれるような漱石の哲学ですよね。この三人はやっぱり特別だったと思います。

――哲学関係の本も相当読まれていると思うのですが、それは大学時代ですか。

夏川:大学時代ですね。その頃から自分なりに探している何かがあったんですよね。ぼんやりと、世の中が向かっている方向と、自分の生きたい方向がうまく合っていない感覚がありました。何がこんなに嫌なんだろうとか、なんでこんなに自分の居場所がない感覚がするんだろうと思っていました。

 今はある程度言語化できるんです。たとえば今の世の中って、自分らしく生きることを大事にしなさいと言うけれど、私はそれに強くは賛同できなくて。自分を大事にすること自体はいいんですけれど、人間は一人では絶対に生きられなくて誰かと関わって生きていますから、自分らしさと同時に他人らしさも絶対重要だという感覚を、私は昔から強く持っているんです。体が丈夫ではない人間だったので、いろんな人に助けてもらいながらやってきているので、どんなに「自分らしさ」と言っても、結局みんなにお世話にならないとやっていけない。だから、自分らしく自分らしくと言って、自分のやりたいことをアピールしろという社会の方向に対して、ちょっと違う感覚を抱いてしまうんだと思います。

 YouTubeのCMなどを見ていると、奇抜な格好をすることが自分らしさだとか、他人と違うものを持つことがその人らしさだとか、新しい自分を見つけようとか、本当にあなたのやりたいことは何ですか? みたいなことを延々と問われるんですけれど、人間ってそんなに明確にやりたいことがあるわけでもないし、髪の毛を染めたから自分らしくなることもない、と感じます。私はどちらかというと空っぽな人間で、そういう人間にとって自分をアピールするようにと言われ続けるのは息苦しく感じます。

 私は当時から、自分の見た目をどうするわけでもなく、携帯電話を初めて持ったのも同級生の中ではかなり遅い大学生の終わり頃で、時代とのずれを感じながら生きている人間だったんです。なので、哲学関係の本を読みだしたのは、興味本位で読み始めたというより、自分の中でいろいろ探しているものがあったからだと思います。最初にニーチェの本を偶然手に取ったら、何か元気づけてくれるような気がして。ニーチェは結構厳しいことを言うので本質的に私はそんなに賛同はしていないんですが、生きていくことの苦しさみたいなもの、人間は孤独だということをしっかり認めている発言に対して、勇気をもらう感覚がありました。私はニーチェ全集で全部読んだんです。やっぱり全集で読むと間違いなくその人に出会える感覚がありますね。その人の思想を知りたければ全集で読む。そうするとその人と対話できるという。今も私の中にニーチェがいて、困った時はニーチェだったらこう言うだろうなどと、頭の中で対話します。

 他に全集で読んだのは柳田國男やスピノザで、小林秀雄はあと2冊くらいで全集を読み終わります。ギリシア時代の作品に関しては2、3冊しか本を残していない人たちもいるんですが、そういうものを順番に読んでいくと、自分なりに探している答えに出合えるという感覚があります。西洋哲学に限らず、『論語』や『孟子』、老荘の書籍も私にとっては大事な道しるべで、時々読み返しています。

――ニーチェ全集は新刊で手に入ったのですか。

夏川:本棚のここにあるんですが、買ったのではなくもらったんだと思います。たぶん祖父の家に古い漱石全集とニーチェ全集があったんだと......。(本棚から1冊出して)白水社から出ていますね。発行が1980年とあるので、そこまで古くはないですね。

 小林秀雄の全集は学生時代に古本屋さんで見つけました。店員さんにお願いして、今買うからちょっと安くしてとお願いして。

――哲学関連の本は、難しいと感じることなくすらすらと頭に入ってきましたか。

夏川:ニーチェはまあ6割くらいは分かるんですが、全然分からない作品もたくさんあります。たとえばスピノザの『エチカ』を読んでいる最中は全然意味が分からなかったです。今読んでいるのはカントの『純粋理性批判』ですけれど、これも分からない。でも先ほど言ったように、昔から本は最後まで読む癖がついているので、分からなくても最後まで読むんです。すると、最後まで読んだ時に急に見えてくる作品がある。読み終えて2、3年経ってから急に分かってくる作品もあります。特に歴史に残っている哲学の作品というのは、数年経って分かるパターンが多いです。不意に「スピノザはこのことを言っていたんだ」とか「『エチカ』はこれをやろうとしていたんだ」と、スッと出てくる。ニーチェも、大学の時に全部読み終えた後もよく分からない部分があったんですが、そこから1、2年の間にだんだんニーチェという人物像が立ち上がってくる感覚がありました。やはり本を最後まで読み通すことに意味はあるのかもしれません。途中でやめてしまうと、こういう感覚にはたどり着けない気がします。

――2,3年経って分かってくるということは、書かれてある内容を記憶していたってことですか?

夏川:別にずっとスピノザのことを考えているわけじゃないんですよ。ただ、たとえば、私の中にお金がすべてじゃない、とか、どんな理由があっても弱いものいじめをしてはいけないと感じているのに世の中なかなかそうはいかないな、などと、ぼんやりとずっと考えていることがあるんですよね。その枝葉のひとつがスピノザであったり、ニーチェだったり、漱石だったりするんです。それで、たとえばデイヴィッド・ヒュームも好きな哲学者の一人ですけれど、ヒュームの作品を読んでいる時に突然、スピノザが何を言っていたのか分かるという感覚がある。そういえばスピノザがあんなこと言っていたな、と。

 読書はたぶん、書かれてある言葉をそのまま情報として理解すること以外のものがある気がします。そういう意味では、ミステリーって、基本は情報合戦ですよね。いくつかの伏線を敷いて、それを順々に回収して、情報を全部集めて謎が解かれた瞬間、一種のカタルシスが来る。そういう読書とは違う読書があるんです。ミステリーを楽しむときはミステリーの頭になっているんですけれど、カントを読んでいる時にそういうふうに情報をきっちり理解して汲み取ろうとしていると、もう1ページも読めません。

 哲学関係の本を読むときは、意味がつかみにくくても、とにかく丁寧に言葉を追っていって、斜め読みはせずにちゃんと文章を読んでいく。どうしてもぼんやりとして頭に入らなくなった時は音読します。それで進めていって、読み終えて、いつかきっとまた何か教えてくれよと言って本棚に置いておくとですね、ある時ふっと気づかされることがある感じです。

――とりわけ好きな哲学者を一人あげるとしますと。

夏川:たぶん、ものを考える人としていちばん好きなのはソクラテスだと思います。あまりに王道かもしれませんが。ただ、ソクラテスは1冊も本を書いていないんです。ソクラテスは本を書くことに意味がないとはっきり言っている人で、何か知りたければ直接会話しなさいと言っている。自分がそういう人を好きだというのは不思議でもありますが、面白いところだなと思います。

――ソクラテスは対話篇を読んで面白いと思ったわけですか。

夏川:そうですね。ソクラテスが出てくる作品はいっぱいあるんですけれど、全部プラトンが書いているんですよね。『ゴルギアス』とか『テアイテトス』とか『パイドロス』とか『プロタゴラス』とかは、全部ソクラテスとある人物の対話をプラトンが書いている作品です。それらを読むと、ソクラテスはただ思慮深いだけの人物ではなく、疑問に対する執念深さとか、容赦なく相手を追及する部分もあって、かなりの変人に見えてきます。それも含めてすごく魅力的な人物だと感じます。

印象に残っている海外文学

――海外の小説も相当読まれていると思うのですが。

夏川:大学1年生の時にシェイクスピアを全部読んでみようと思って。あれは小説ではなく戯曲なので読みにくさはあったんですけれど、面白かったですね。どこかで聞いたことのある台詞が出てくるんです。ああ、あれは『マクベス』の台詞だったのか、みたいな。

 それをきっかけに海外文学もいろいろ読むようになりました。フローベールの『ボヴァリー夫人』、スタンダールの『赤と黒』、バルザックの『ゴリオ爺さん』、パール・バックの『大地』、カフカの『城』...。ドストエフスキーはほぼ全部読みました。それと、コンスタンの『アドルフ』とか。

――『本を守ろうとする猫の話』にサン=テグジュペリの『星の王子さま』だけでなく「南方郵便機」が挙げられていたり、『ワインズバーグ、オハイオ』の作者のアンダスン(アンダーソン)の名前が出てきたりもしますよね。

夏川:サン=テグジュペリの『人間の土地』と『夜間飛行』はセットみたいなものですが、「南方郵便機」は『夜間飛行』のほうに入っています。新潮文庫の2冊は宮崎駿さんのイラストのカバーになっています。これは、もう見た目で買いだなっていうくらい、いいですよね(と、2冊のカバーを見せる)。

 『ワインズバーグ、オハイオ』は架空の街を舞台にした、ちょっと変な話ですよね。その頃こういう幻想小説とでも言うような作品を読むようになって、それでコルタサルの『悪魔の涎』など南米の作品を通ったあとに、ガルシア=マルケスの『百年の孤独』に出合いました。まったく新しい読書体験で、圧倒された記憶があります。

 あと比較的好きなのが、チェコの作家のカレル・チャペックです。東欧のなんとなく暗い空気が漂うなかで、風刺的な意味合いをたくさん作品に込めているんです。それでいて物語としても面白い。『白い病』なんかはお医者さんの話が出てくるので、自分の中でインパクトがあって。大事にしている本のひとつかもしれません。

――日本の現代作家はあまり読まなかったのですか。

夏川:大学時代に綾辻行人さんと島田荘司さんは一通り読んでいます。

――ああ、新本格は読まれていたのですね。そういえば小学生の頃、ルパンやホームズのあと、クリスティーなどの海外ミステリーにはいかなかったんですね。

夏川:本を読む人たちに訊くと、みんなやっぱりホームズの後にアガサ・クリスティーなどの硬派な推理小説にいったというんですが、私はそうじゃなかったんですね。今もかなり広く本は読んでいますが、唯一あまり触れていないのがミステリーなんです。

 実は今年になってからちょっと読んでみようと思って、アガサ・クリスティーを読み始めたところです。『ABC殺人事件』とか『アクロイド殺し』とか『スタイルズ荘の怪事件』とか。50歳を前にはじめてようやく読み始めました。

――今まで『アクロイド殺し』のネタバレを踏まずに来られてよかったですねえ...。

夏川:『そして誰もいなくなった』はネタバレを聞いてから読んでとても悔しかったんですが、『アクロイド殺し』は何も知らずに読んですごくびっくりしました。確かにあれはネタを聞いてしまうと意味をなくしてしまいますね(笑)。

――本はどのようにして見つけているのですか。ジャケ買いとかされるんですか。

夏川:私の場合、ジャケ買いはほとんどないですね。どちらかというと、本の中で出合います。たとえば夏目漱石を読むと必ず内田百閒とか芥川龍之介とかの名前が出てきますので、そこから広がっていく感じです。

 ちょっと変わった出合い方としては、何かの評論かエッセイに、三つの「~論」が面白いよと書いてあったので、それでマキアヴェリの『君主論』とジョルジュ・ソレルの『暴力論』とクラウゼヴィッツの『戦争論』を続けて読みました。「~論」というタイトルが共通しているだけで、内容は何の関係もないんですけれど。

 探そうと思っている本が、ある程度頭の中に入っているんです。もう最近はスマホにメモしていますけれど、つねに40冊くらい書名があって、それを探している感じです。できるだけ本屋さんで買うようにしているので、インターネットで検索したりはしません。

――大学時代、本は買っていたのですか。下宿先での蔵書がすごいことになりそうですが。

夏川:大学時代、欲しい本全部は買えなかったんですが、生活費のほとんどは本に消えていく感じでした。親が「本はできるだけ買って読んだほうが覚悟が決まる」と言っていたんですよね。母親がすごく本を大事にしていて、流し読みでぱーっと読んでどんどん次にいくような消費物というよりは、もう少し違う形で本を扱う人だったので、それが自分の中にもあると思います。

 やっぱり、その本を送り出してくれた作家さんや出版社にお礼をしたい気持ちがありますが、だからといって夏目漱石や芥川龍之介にお礼の手紙を書くわけにはいきません。だからせめて本を世の中に届けてくれた出版社にお礼をするという意味と、また次の新しい本に出会わせてくれる感謝の気持ちをこめて、できるだけ身銭を切ることを大学生の頃からやっていました。

 今も意識的に本は買うようにしています。本屋さんが潰れたら本当に困りますので。できるだけ街の書店に行きますし、そこで子供たちが本が欲しいと言ったら、買ってあげることにしています。一時期流行っていた「最強王図鑑」のシリーズも子供たちが夢中になっていたので順番に買いました。『恐竜最強王図鑑』や『昆虫最強王図鑑』などかなりたくさん出ているシリーズです。

――読書メモや記録はつけていますか。

夏川:いつ読んでどんなことを思ったか、本当に小さなメモみたいなものは少し残しています。というのは、40歳過ぎてから、一瞬読んだか読んでいないか分からなくなる本が出てくるんですよね。なので、読んだ時の印象はやっぱりある程度残してあったほうがいいなと思って。ただ、細かい解説を書くわけでもないですし、作中の文章を書き留めるようなことはしていないです。

――著作の中にたくさん、先行作品からの引用がありますよね。それは憶えていたということですか。

夏川:20代、30代の頃は、いい文章だなと思ったものは明確に憶えていたんですけれど、40歳過ぎてからはスッと出てこなくなって、インターネットに助けられています。なんとなくあの人がこんなこと言っていたなと思って検索すると、原文によく当たるので。

――読むのは速いほうですか。

夏川:いえ、でも読書時間は多いと思います。数年前に体調を崩して今は若干医者の仕事を減らしていますが、それまでは土日も夜もない生活で、日常のほとんどが病院の中でした。ただ、院内にいるから四六時中走り回っているかというと、そうでもなくて意外と本を読む時間は取れるんです。たとえば夜間の当直でも1時間後に救急車が来ますと言われたら、準備を整えた後は到着するまでが待ち時間になる。到着した方を診察して血液検査に出したら、そこからまた30分待ちになる。その隙間の時間、ほとんどのドクターは夜食を食べたり、テレビを見たりしているんですけれど、私はずっと本を読んでいるんです。白衣のポケットにいつも文庫本を一冊入れて、時間があいたら気分転換もかねて本を開いていたので、読書時間は結構長くなりました。

 読む速度はけして速くはないです。でも大学3、4年生の一時期、自然に速読ができるようになったことがあったんです。ぱらぱらとページをめくりながらあっという間に読めるなと感じるようになって。ところがですね、そうすると面白くなくなっていくんです。ストーリーは全部分かるし、山場も理解しているはずなのに何かしっくりこない。もしかして速読と読書とは違う行為なのではないかと思い、スピードを落とすためにあえて音読したんです。声に出して本を読むようにしたら、見える景色が変わりました。同じ1本の短編でも、速読で2分で読み終わるのと、音読で30分かけて読むのとでは、広がる世界が全然違う。なぜかと問われるといまだにはっきりとは答えられないですが、たぶん、速読は情報だけを拾い上げているけれど、本にあるのは情報だけじゃない、ということかなと。たとえばメロスが走って帰ってきました、というだけでは『走れメロス』の面白さは99%脱落している。〈メロスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の王を除かなければならぬと決意した。メロスには政治がわからぬ。メロスは、村の牧人である。〉といった言葉のリズムであったり、中島敦の『山月記』であれば、あの〈隴西の李徴は博学才穎、天宝の末年、若くして名を虎榜に連ね〉...といった文章の持つ豊かな音感は、スピードを落とさないと逆に見えなくなると思いました。なので、読む速度自体はむしろ、意識して若干ゆっくりにして、しっかり読むようにしています。最近は目が滑っていくことも増えてきたので、そういう時は繰り返し読むので、1冊にかけている時間は長いですね。私はスマホもあまり見ませんしSNSもよくわからないので、その分、読書をする時間をたくさん確保できるという面もあるかもしれません。

――『山月記』がそこまでお好きなのはどうしてでしょうか。

夏川:ちょっと変だと思われるかもしれませんが『山月記』はほぼ全文憶えています。その魅力の一つは内容です。自分というものに捉われすぎた人間の悲しい姿というべきでしょうか。現実とプライドの狭間でもがきながら、負の感情に呑まれて虎になった男の話には不思議なリアリティがあります。そういう自意識の問題は自分にとっても他人事ではなかったということでしょう。ですが、好きな理由のいちばんは、やっぱり文章だと思います。格調の高さや独自のリズムがあって、普遍的な日本語の美しさみたいなものを中島敦は持っている気がします。好きか嫌いかの話かもしれませんが、私はいい文章だと思います。無駄がなくて、リズムがあって、こういう文章を書きたいと思わせる。

 その点は、夏目漱石の魅力とはまた違います。漱石はいろんな装飾をつけて、リズミカルだけれども無駄が多い文章を書きますよね。中島敦はそぎ落として、たぶん今の日本語で書いたら3、4倍くらいの量になるんじゃないかっていう情報量を入れ込む。〈隴西の李徴は博学才穎〉って、たったこれだけの文章で、出身地からどういう人物かがぱっと分かる。そういう文章の凄みみたいなものに惹かれました。昔、中江兆民がアメリカ独立宣言の長い文章を見た時に、自分だったら3行で書けると言ったという話を聞いたことがあります。まあそれがいいのかどうかは別として、そうした文章の面白さみたいなものは、中島敦の作品からは強く伝わってくる気がします。

小説を書いたきっかけ

――ご自身で小説を書きたいと思ったのはいつくらいなのでしょうか。

夏川:実は、私自身は小説を書いてみたいと思ったことがなかったんです。でも医者になって5年間くらい無我夢中で働いていた頃の話です。夜もずっと電話がかかってくるものですから体力が弱っていたのに加え、私自身はあまり記憶がないんですが精神的に少し病む方向にいっていたんです。そうしたら妻が「今のままでは絶対駄目になる」「患者さんのことを思って四六時中働くのはいいけれども、先に自分が潰れる」と言うんです。「なにか医療とは違うこと、医療とは関係のないことをしたほうがいい」と。といっても病院から離れることはできない生活だったので、どこででもできるという意味で「本が好きなら、自分で書いてみたら」と言ってくれたのがきっかけでした。それで書いたのが、『神様のカルテ』の第1巻です。どうせ書くなら、妻が読んで楽しいものを書こうと思い、それだけを目標に一生懸命書いたら妻が「面白かった」と言ってくれて、ちょうど締め切りが近かった小学館文庫小説賞に送ってくれた、という流れです。

 小説を書いてみると、自分が悩んでいたことが言語化できるようになるということに気づきました。特に『神様のカルテ』の第1巻を書き終えた時、自分が何に悩んでいたか、何をしたかったのか、何を後悔していたのか初めて分かるという経験しました。分かると同時に、精神のバランスがとれた感覚がありました。それで、次の壁にぶつかった時も、じゃあ小説を書いてみようとなり、書いてみたらやっぱり自分が何に悩んでいたのを小説が教えてくれる。私にとっての執筆は、その繰り返しです。だから、私はプロットやあらすじは一切なしで書き始めるようにしています。書いていく中で頭の中にあるものがまとまってきて、形になって、その作品に私が教えられているところがあります。

――もちろん実際の患者さんのことは書けないから完全にフィクションだとは思いますが、主人公に自分を投影したり、体験した感情を作品に落とし込むような感じでしょうか。

夏川:基本的に患者さんのことを書こうとは思っていませんし、主人公に自分を投影することもありません。どちらかというと、自分がこうできればよかったというような理想を書いていると思います。ただでさえ現実の医療現場は大変で、きついことも多いですから、小説の中でまで自分の話をしたいとは思いません。でも書いた後で読み返した時に、あ、この人はあの患者さんのことだったのかと気づくことがあります。たとえば第3巻を読み返すと、現実では助けられなかった患者さんが小説の中では助かっていたりするんですね。自分はあの人のことで後悔していて、こういう結果に持っていきたかったんだなと気づく。その結果に至る過程で主人公が奮闘している様子を見て、それを次の医療に生かすという感覚です。何が足りなかったのかを、小説が私に教えてくれると言ってもいいかもしれません。だから、頭の中にある考えを文字化するというよりも、文字化していくことによって考えがまとまっていくというのが、私にとっての執筆という行為だと思います。

――医療の仕事のために書くことが必要だというか。両方があって成立しているんですね。

夏川:そうです。私はコロナの経験も小説に書いていますけれど、あの時期は異様な緊張感があって、布団に入ってもまったく寝れなくて。こういう時は本を書けば少しは落ち着くかもしれないと思って取りかかったのが『臨床の砦』です。深夜に一時間ずつ書くだけでしたが、1、2週間で書き上げて、最後の一行を書いたときには現場に戻る覚悟ができていました。逃げ出したい気持ちはあるけれど、やっぱり逃げるべきじゃないと自分は思っているんだと、改めて自覚した瞬間でした。

 自分の主軸は医療にあって、それを支えるために小説があります。今、少しずつ執筆業のウェイトを増やしてはいますが、それでもやっぱり医療というものが主軸にある生活でありたいと思っています。

自作と翻訳書

――『本を守ろうとする猫の話』と『君を守ろうとする猫の話』を読んでいると、海外の少年少女向けの海外作品なども出てきますね。

夏川:昔から岩波少年文庫が好きで、そこでいろんな本を読んできたんです。いちばん好きなのは斎藤惇夫さんの『冒険者たち ガンバと15ひきの仲間』ですね。ネズミたちがイタチと闘う話で、こういう本が入口になったんだと思います。他には、ケストナーの『飛ぶ教室』とか。ローズマリ・サトクリフの『第九軍団のワシ』も好きでした。これはローマ帝国時代を舞台にしたローマン・ブリテン三部作の一作目で、冒険小説に近い感じです。ローマの百人隊長と奴隷の青年の交流を基礎に置いた品格のある作品だと思います。最近では、クラウス・コルドンの『ベルリン1919』『ベルリン1933』『ベルリン1945』の3部作全6巻がよかったですね。ヒトラーの時代の家族の話で、お父さん、息子、孫の世代まで続いていく話です。こういう本の存在感はすごく大きい。

 ただ、「猫の話」でやろうとしているのは少年少女向けの冒険小説ではなくて、うまくいっているかどうかは分かりませんが、風刺小説です。日本の文学にはいろんなものがあって、特に私小説的な作品が強いですし、ミステリーも魅力的です。でも風刺小説という分野では、私はすごくいいものに出会ったことがなくてですね。明治大正の作品を読んでも、風刺小説はゼロではないですが、エッセイ的な形でしか出てこない。

 『ガリヴァー旅行記』なんかは、巨人の国や小人の国だけでなく、飛ぶ島のラピュータの話やフウイヌムという馬の国の話まで読むと、人間社会に対するすごく強い風刺を感じるんですよね。マーク・トウェインが晩年に書いた『不思議な少年』という話なんかも、苛烈な批判と風刺を行っている。マーク・トウェインって『トム・ソーヤの冒険』や『ハックルベリー・フィンの冒険』を書いた人とは思えないくらい、最後は暗い方向に行って、社会に対する希望を失くしていく作家さんなんです。でも作品ではすごく切実なものが響いていている。そういう目で見ると、『はてしない物語』だって、広い意味ではしっかり風刺をしていますよね。

 「猫の話」では、日本文学の世界でそうした風刺ができないかという私なりの試みをしています。冒険をして、ボスを倒して、勇気とか希望というものを見つめ直すという枠組みを使いつつ、社会に対する風刺小説というものをやってみよう、という。

――実際、読むと本や読書というものを絡めた風刺はもちろん、効率主義や消費社会に対する風刺も感じます。

夏川:私の武器になるもの、自分が詳しいものは結局医療と本しかないものですから、そこを切り口にしていますけれども、もう少し広い範囲で、人間の幸せとは何かとか、人はどうあるべきなのかとか、善と悪とは何かとか、そういう問いかけがいつも自分の頭の中にあります。悪について言えば時々、私の作品には悪人が出てこない、と言われることがありますが、それは私自身が、悪とは目の前に立ちふさがる敵ではなく、もっと非常にわかりにくいものだという感覚を持っているからかもしれません。いずれにしても、社会に対する風刺や皮肉的なものを小説文学として形にしたいという思いで書いています。テーマそのものは他の作品とも重なる部分がありますが、スタンスは大きく変えているということになりますね。

――このシリーズには他にも、大人向けの実在の作品もたくさん出てきますが。どれもお薦めと考えてよいでしょうか。

夏川:あそこに書いてある本は、自分が読んで後悔はしないと思うものばかりです。例えばヴォルテールが書いた『カンディード』は、カンディードという主人公が幸せとは何なのかを探しにいくフランスの古典的物語のひとつなので、ぜひ手に取ってもらえたら、と思っています。ちなみに「猫の話」の中では『カンディード』の隣に『サミュエル・ジョンソン伝』が並んでいる様子を書きましたが、これにも理由があって、サミュエル・ジョンソンは『幸福の探求 アビシニアの王子ラセラスの物語』という本を書いているんです。フランスのヴォルテールとイギリスのジョンソンは同じ時代の人物ですから、つまりドーヴァー海峡を挟んだ二つの大国で、人間の幸福について語る傑作が同時に生まれているということで、それを小説の中でシンボリックに示しています。「猫の話」には、こうした仕掛けをたくさん入れてあるので、なんとなく気づいてくれる人がいたら、と。あるいは『カンディード』を手に取った時に、ふと「そういえばサミュエル・ジョンソンてどういう人なんだろう」と思い出してもらえたら。まあそれが本筋ではないので、ひとつひとつ種明かしは蛇足になるだけなのでしょうが。

――すみません...。あの作品でヴォルテールとサミュエル・ジョンソンを並べた意図、今おうかがいしてはじめて気づきました...。

夏川:分かる人はほとんどいないです。ちなみにサミュエル・ジョンソンはたった一人で英語の辞書を作った人なんです。『ジョンソン伝』は上中下巻の巨大な本なんですが、これを書いたボズウェルという人も魅力的な作家です。こんな風に、何か一冊の本を手に取ると、そこからどんどん世界が広がっていくというのも、読書の楽しさだと私は思っています。

――「猫の話」のシリーズはずっと続いていくのですか。

夏川:全3部作のつもりで、次の1冊で終わる予定です。

――では、『スピノザの診察室』と『エピクロスの処方箋』の出発点はどこにあったのでしょうか。妹が若くして亡くなり、一人残された甥と一緒に暮らすために大学病院の医局長を辞め、京都の街の病院で内科医として働く雄街哲郎が主人公。通称マチ先生は、哲学に造詣が深い人ですね。

夏川:自分にとって医師を主人公にした小説は『神様のカルテ』というシリーズがあります。ひとりの若い医師の人生を中心に据えて、ある種の大河小説的な物語として位置付けています。

 『スピノザの診察室』のシリーズはそれとはちょっと違って、医療にとどまらず、人間が幸せに生きるとはどういうことなのかとか、それこそ私が「猫の話」でやろうとしているような、善悪の問題や「自分らしさ」の意味などを物語に託して、広い視野で描きたいと思っています。切り口は医療でなくてもよかったんですけれど、やっぱりそのほうがリアルに書けるので。ただ主軸は医療ではなくて、自分の力になってくれた文学や哲学にしたいと思いました。文学は『神様のカルテ』でも結構いろいろ書いているので、じゃあ哲学を本格的に小説に導入してみよう、と。そのなかでもスピノザは、自分の感覚にいちばん近い哲学者なので、最初にきたという感じです。

 場所を京都にしたのは、高校時代に通った予備校が京都にあったので、知っている街だったんですね。私の場合、小説を書く時、人間よりも世界がまずありきなんです。大きな世界があって、その中に小さな人間がいっぱいいる感覚です。その世界を描くとなると、知っている街じゃないと描けない。そうすると信州か大阪か京都か三つくらいしかない、ということで京都を選びました。

 主人公を設定する時に考えたのは、格好いい人間ってどういう人間なのかということでした。これはずっと考えていることでもあります。最近、少年漫画でも小説でも、相手を徹底的に痛めつける描写が多いと感じます。あくまで私個人の感覚ですが、やったことはしっかり償ってもらうぞ、という感じで、主人公でさえ敵を容赦なく追い詰めて粉砕して、そこに読者がカタルシスを得るという傾向を感じます。でも、私にとって「格好いい」とはそういうことじゃない、と。それで、自分なりに格好いい人の姿を書こうということで、主人公像を作り上げていきました。格好いいというのは、もっと静かだし、なによりも攻撃的ではないことだと私は思っています。攻撃性というのは未熟さや幼稚さの現れだと思うんです。大人として振舞う時に何が必要かというと、やっぱり忍耐であるし、知性であるし、優しさとか想像力という、本当に当たり前のものでしょう。でもたとえば小学校では、想像力や思いやりが大事だということ以上に、「あなたが大事ですよ」と教えている。あなたが何を思っているかが大事で、人のことはいいんです、という傾向がある。プレゼンテーションの仕方は細かく指導するのに、人の話をしっかり聞きましょうという方向にいかない。安易にひとまとめにしては学校の先生方に失礼になりますが、「あなたも大事ですが、同じくらい周りの人も大事ですよ」と教えることもとても大切だと私は思います。そうしたなかで、格好いいとはどういうことなのか考えて作ったのが、『スピノザの診察室』の主人公像です。圧倒的な力で敵をなぎ倒すヒーローもいいですが、子供たちには、こういう人間に憧れを持ってほしいと思っています。自分なりの美とか善とか、格好よさみたいなものの体現と、医療にとどまらない哲学的なメッセージを作るというのが、このシリーズの基本スタンスです。

――こちらのシリーズも続いていくわけですか。

夏川:そうですね。ゆっくり書こうと思っています。新しいものをどんどん書いていくというよりは、大事なメッセージを届けるための基盤を作ることができたので、その世界観の中で続きを作っていくのが今の目標です。

――どの作品も、決して絶望はさせないというか、希望みたいなものを残すのは、ご自身を励ます意味でもあるのでしょうか。

夏川:希望というか、美しい人の在り方というものにこだわりを持っています。20年以上も医療現場にいると、尊敬できる人ばかりではなく、嫌な人たちにも山ほど出会います。暴言や時には暴力にもぶつかりますし、患者さんだけじゃなく、残念ながら医者にだってろくでもない人間はいます。そういう人に接することが多いと、精神的に参りますし、何もかも放り出して逃げたくなります。でも反面、本当に素晴らしい人にも出会うんです。自分が大病を抱えているのにこちらの晩御飯の心配をしてくれて私におにぎりを買ってきてくれた年配の女性患者さんや、夜中に大量に吐血して救急車で運び込まれてきたのに、血まみれになりながら「すみません、先生、ありがとうございます」と言ってくれた男性とか。何年経った後でも、自分が辛い時に支えとなってくれるのは、そういう方たちの思い出なんです。だから、そこで見た景色を少しでも小説に書き残しておきたい。人間の憎しみや絶望を描くのも文学の本質のひとつですが、今の世の中、そちらに傾きすぎているんじゃないかと感じることがあって......。負の感情を描くことが文学だ、芸術だという意見はもっともですが、同じくらい善とか思いやりとかを真剣に描くことも、文学だろうと私は思っているんです。そして、人間が本当に窮地に立たされたときに力を貸してくれるのは後者ではないかと。絶望より希望にこだわるのは、そんな経験の結果です。私の作品を読んだ人が、あの時作品からもらった美しい光景が自分の支えになったと言ってくれるようにと願っています。それに、悪を描くよりも善を描くほうが、はるかに難しいんじゃないかと思うんですよ。

――デビュー作から多くの読者を獲得しましたが、その反響みたいなものはご自身の中にありますか。書き手として後押しになったのか、あるいは戸惑いやプレッシャーがあったのか。

夏川:私に見える景色は本を出す前と後ではあまり変わっていません。現場で自分が夏川だと言っていないので、ほとんどの患者さんたちは私が小説を書いていることを知らないんです。もちろん病院のスタッフや医局の教授は知っていますけど。だから、外来に来る患者さんたちの態度が何か変わるわけでもないですし、執筆のために自分の生活を変えるということもありません。小学館の編集の人も、「夏川さんの置かれている状況は、夏川さんにぴったりかもしれない」と言ってくれます。本が何万部売れたという情報は聞きますけれど、その数字自体も実感が湧かないものですから、日常は変わっていないというのが正直な感想です。

 ただ、数年前に体調を崩して入院したのをきっかけに少し医療の仕事を減らしたので、相対的に作家業の比重が増えました。おかげで先日の本屋大賞の授賞式も見にいくことができましたが、そうした時のほうが自分の居場所がない気がして落ち着かなかったです。

 本の世界の中で、自分がどういう位置にいるのか理解するのは難しいですね。ある人は夏川はずいぶん有名になったよと言うけれど、誰それ?と首をかしげる人もいます。私は変わらず自分の生活を積み上げていきたいです。

――夏川さんは、A.J.クローニンの『城砦』という翻訳書も出されていますよね。

夏川:日経メディカルの人から、すごくいい小説があると連絡があったんです。昔翻訳は出たけれど絶版になっているし、訳文が古くて今の人は読めないのだけれど、夏川の考えている世界観や人生観とマッチすると思うので翻訳をお願いできませんか、と。読んでみたら、本当に素晴らしい作品だったんです。ある意味『神様のカルテ』的な要素もある作品で、医療小説の枠組みではあるものの、1人の医者の人生が大きな視点で描かれている。100年前の本なんですが、50年前に日本で1回大ヒットしているんですよね。「炎のカルテ」という題名でテレビドラマにもなったそうです。イギリスの地域医療を日本のどこかの島の地域医療に置き換えて作ったとか。日本では「東洋の『白い巨塔』、西洋の『城砦』」と言われて、その頃は誰もが読む本だったと聞いて、私がお世話になった教授2人に訊いたら2人とも知っていました。すごく良い本だと。鎌田實先生とお話しした時も、愛読書だったといって私物の古い『城砦』を見せてくれました。

 実際、本当に魅力的な作品です。医療の話だけではなくて、人間の幸せについて自然に問いかけながら、一方で人間はどんなふうに堕落していくのかといった負の側面もしっかり描いている。エンターテインメントとしても楽しいので、これはもう絶対翻訳しようと思い、依頼を引き受けました。過去の翻訳は、原著にない翻訳者オリジナルのエピソードや設定が追加されていましたが、私の訳は原著に忠実であることを心掛けて、過去の翻訳者の創作部分は削除したので、昔の『城砦』を知っている人が読んでも新鮮に感じるかもしれません。高校生くらいからでも読めるように、かなり言葉に注意して翻訳をしています。

――1日のルーティンは決まっていますか。患者さんの状態にもよるから不規則になるかもしれませんが。

夏川:執筆に関するルーティンは決めていません。気持ちが穏やかな時に無理して書こうとも思っていないです。やっぱり悩むことがある時や、壁にぶつかった時に書いています。

 以前に比べれば、人間らしい生活ができるようになりました。ほんの数年前まで毎週2回か3回は夜中にたたき起こされて、お盆も正月もなく働いていたんですけれど、やっぱり40代半ばにもなるとそれでは体がもたないですね。今は一応、夜は呼ばれない生活になりました。これだけで十分ありがたいと思っています。

――連載仕事は引き受けられないですね。

夏川:作家になった時からすべての編集の人に、連載は一切引き受けないですと言っています。急患が来たら完全に小説執筆をストップしますので。一度小学館で若干の連載をしたことがありますが、それも完成させた後に、分散させて掲載しただけです。そのあたりは出版社側も理解してくれて、自由にやらせてくれています。ありがたいです。

――今、執筆はされていますか。今後の刊行予定を教えてください。

夏川:やっぱりいろいろ思うことはあるので、まったく書かないということにはなりません。ゆっくり書いています。小学館から『神様のカルテ』の続篇を書いてくれと言われているので、今はそれをやっています。『新章 神様のカルテ』で大学病院の話を書いたので、その後半部分になります。

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