ISBN: 9784152105240
発売⽇: 2026/05/21
サイズ: 13.1×18.8cm/432p
「あるコンテナ船の物語」 [著]イアン久米川
今日ほど多くの人が、自らの生活に直結するものとして船の動向に気を揉(も)む日はなかったのではないだろうか。その背景は、いうまでもなく米国・イスラエルによるイラン攻撃に端を発したホルムズ海峡の封鎖である。一隻の船の軌跡を辿(たど)ることでグローバル経済の歴史を描く本書は、いわば、今日の集合的経験を先取りしたような著作だ。
数年前、著者はニューヨーク市政府が刑務所船を所有していることを知り、その先代ともいえる船の歴史を追いかけるようになった。それが本書の主人公船である。その船は、姉妹船とともに一九七〇年代末という国民経済からグローバル経済への転換の閾(いき)のような時期に、スウェーデンの造船所で造られた。当時、オイルショックを契機とした不況の中、産業の衰退に喘(あえ)いでいた造船業に政府は支援を行った。その意味で主人公船は、国家の創造物であった。
同時に、主人公船の誕生は、資本主義のグローバルな展開の胎動期とも重なっていた。船を購入したのはノルウェーのペーパーカンパニーであり、経営者は節税対策の投資先となるべく有限会社を設立するという金融手法を用いた(主人公船の取引は経営難により失敗したのだが)。仲介企業は、パナマに法人格を有していた。つまりこの船は、最初からオフショア国際金融の賜物(たまもの)でもあった。
その後程なくして船は、便宜置籍船へと変更され、税や法的責任を逃れるために進められたオフショア化の波にさらに巻き込まれていった。
主人公船は、北海油田の開発に携わる作業員やフォークランド紛争に従事した英国軍の兵舎、ドイツ・フォルクスワーゲンで働く労働者の「ホテル」、ニューヨークやイギリスの水上刑務所、ナイジェリアの油田労働者の宿泊施設と、空っぽであるがゆえ何でも積み込める荷船として、名前と役割、所有者を変えながら、いくつもの海を行き来して数十年を過ごした。類似の軌跡を辿った姉妹船では、乗組員が海上で遺棄されるという出来事も起きている。
こうした船の来歴は、過去五〇年のグローバル経済の変化、とりわけオフショア化とその影響を浮き彫りにする。同時に、抽象性に満ちたその変化のプロセスが、不可視化されがちな物理的インフラストラクチャーに依拠することをも明るみに出す。
一隻の船の歴史に着眼し、その船がそこにそのようにあることを可能にする政治・経済・社会的文脈を深く広く描くミクロヒストリーの物語に触れると、海峡に留め置かれた船の来し方行く末がますます気になってしまう。
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Ian Kumekawa 歴史学者。経済思想、19~20世紀の資本主義、帝国主義時代の治世術を専門とする。米ハーバード大学の歴史経済センターとマサチューセッツ工科大学で教壇に立つ。日系アメリカ人。
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峯村利哉訳