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追悼・ハーバーマス 失われた「普遍的知識人」の像 細見和之

著作は数多い。『コミュニケイション的行為の理論』などもある=2007年撮影、Newscom/アフロ

 ユルゲン・ハーバーマスが今年の3月に亡くなった。享年96の大往生だった。ハーバーマスはドイツを代表する哲学者であっただけでなく、欧米の思想界を文字どおり牽引(けんいん)していった知識人だった。

 同時に私には、市井の哲学者というイメージもあった。2003年フランクフルトのアドルノ会議で見かけたハーバーマスがまさしくそうだった。彼のまわりに自(おの)ずと人が集まり、彼はそれぞれの言葉に静かに耳を傾けていた。さしずめ日本では、鶴見俊輔、加藤周一といった知識人を思い浮かべればいいだろうか。自分の専門に閉じこもることなく、社会に対して積極的な発言を行う普遍的知識人――。

公共性の転換

 ハーバーマスは、熟議民主主義の信奉者として知られている。その原点に位置しているのが、1962年に出版された彼の『公共性の構造転換 市民社会の一カテゴリーについての探究』である。

 その前半では、18世紀から19世紀にかけて、サロン、喫茶店、読書サークルなどをつうじて「市民的公共性」が形成されてゆく経緯が跡づけられ、後半では、そのようにして成立した公共性が国家による介入と巨大なマスメディアの成立によって喪失されてゆく事態が描かれている。この喪失によって「文化を論議する公衆」は「文化を消費する公衆」へと姿を変えたと彼は分析している。

 同書は73年に未来社から邦訳が出版され、さらに94年同社から刊行された第2版の邦訳は2025年に22刷に達している(細谷貞雄、山田正行訳・5280円)。ハーバーマスの著作でいちばん読まれてきたものだ。

憲法愛国主義

 続いて、『近代 未完のプロジェクト』(三島憲一編訳、岩波現代文庫・1430円)を紹介しておく。1990年前後の論考を中心に、ハーバーマスの了解を得て、日本で独自に編集したものだ。

 これを読むうえでは、2番目に収録されている「一種の損害補償」から始めるのがよい。いわゆる歴史家論争を開始させた論考だ。ドイツはナチスの過去に真摯(しんし)に向き合ってきたと一般には理解されている。しかし、ナチスの犯罪を軽減しようとする根強い傾向も存在していた。それを体現するように、著名な歴史家がスターリンの暴力への予防策としてナチス体制を位置づけようとしたのだ。これをハーバーマスは鋭く批判した。

 さらに同書には、ドイツ再統一の前後に発表されたハーバーマスの批評が収録されている。戦後ドイツは、社会主義体制下にあった東ドイツを組み込むという難題にも直面してきたのである。「憲法愛国主義」がここでのハーバーマスの一貫した立場。文化や歴史ではなく憲法を軸にしてこそ国家の統一はなされるべきだ、という考えである。

 これらの論考を読む際には、当時のドイツの状況を把握している必要がある。ありがたいことに本書では、編訳者による、人名から当時の社会状況にいたるまでの丁寧な解題と訳注が付されている。本書を読みながら、90年前後ドイツでなにが起こっていたのか、それを日本と引き比べるとどうかといった問題にまで、読者は想像力を馳(は)せることができる。

 最後に、ハーバーマスの死の直後に邦訳が刊行された『ハーバーマス回想録 この世界が少しでも良くなるには……』(三島憲一訳、岩波書店・3300円)にふれておきたい。ハーバーマスをよく知る二人の人物が主にEメールでインタビューしたものだ。

 これを読むと、ハーバーマスがアメリカ合衆国の思想、とくにプラグマティズムに早くから接していたことがよく分かる。彼がここで繰り返している「ポスト形而上(けいじじょう)学の思考」とプラグマティズムはきわめて親和的である。その点でも鶴見俊輔との比較を試みたくなる――彼らとともに失われた、普遍的知識人像を嚙(か)み締めつつ。=朝日新聞2026年613日掲載