無罪判決は何よりの救いだ。でも、人生は返ってこない。思い出すことさえつらい日々のことを、村木厚子さんは書いてくれた。その表現は赤裸々だ。
当時の大阪地検の遠藤裕介検事は、村木さんから供述調書の訂正を求められると、「調書というのはそういうものですから」と断った。「僕の仕事は、あなたの供述を変えさせることです」とも言った。國井弘樹検事は、「執行猶予ならたいしたことないよ」と容疑を認めさせようとした。争えば実刑になるかもしれないとにおわせた。
裁判官(氏名は明かされていない)は村木さんに「否認してるんですね」と尋ね、わずか1分間の手続きで身柄拘束を命じた。その後も裁判官たちは具体的な根拠なく証拠の隠滅や逃亡のおそれがあるといって保釈請求を却下した。身柄拘束は164日間に及んだ。
しかしこの本はそこで終わらない。村木さんは無罪判決の後で、取り調べの可視化(録音録画)などの刑事司法制度改革を検討するための会議に参加する。そこで専門家と対峙(たいじ)した彼女の絶望はさらに深刻なものだった。制度改革を阻んだのは警察・検察関係者だけではなく、むしろ裁判官や学者たちだったのだ。
村木さんはもはや法務省やそれに与(くみ)する専門家に改革を任せることはできないと悟った。そして取り調べの可視化、全面的証拠開示、人質司法の解消を実現する法改正のあり方を具体的に提言する。公正な裁判が行われているかどうかを国民が見続ける必要を説く。
彼女の訴えは、いまの裁判所という組織を変えることに行きつく。かつて刑事裁判官を務めていた私は、その必要性を誰よりも知っている。「裁判所を変える力を持っているのは、私たち国民一人ひとり以外にないのです」と彼女は言う。=朝日新聞2026年6月27日掲載
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講談社現代新書・1320円。26年3月刊。5刷4万7千部。著者は郵便不正事件で逮捕・起訴された(無罪確定)。「冤罪(えんざい)被害者の村木さん自身の言葉で『冤罪は誰にでも起こり得る』と語り、反響を呼んでいる」と担当編集者。