東日本大震災が起こってから「知らなかった」と人が話すのをよく耳にしたという。「『日本にこんなに原発があるなんて』とかね。でも、原発の数は公表されていた。『知らなかった』という言葉には、〈知ろうとしなかった〉生き方や基本姿勢が入っていると思うんだよね」。厳しい。しかし、人なつっこい笑顔で語りかけられると、心がふっとほどけ、素直に向き合えるから不思議だ。
米国で生まれ育ち、大学で英文学を学ぶうち、日本語に関心を持つようになった。卒業と同時に来日して詩作しながら、第五福竜丸事件や原爆投下を題材にした絵本なども制作した。
戦後70年の一昨年春から、文化放送のラジオ番組で1年かけて各地を回り、戦争体験者47人に話を聞いた。その中から元沖縄県知事の大田昌秀さんや、毒ガス製造工場で働いた元女子学徒、戦中を米国の強制収容所で過ごした日系人男性ら23人分を一冊にまとめた。
真珠湾攻撃の際、艦隊護衛任務に就いた原田要さん。攻撃隊員から米軍空母は「一隻もなかった」と聞き、「米国は日本の攻撃を知っていたと直観した」と語った。
「ぼくが米国という国家から教わった歴史が、個人が語る現実とかみ合わない」。長年感じてきた違和感は正しかったと確信した。本の制作中、オバマ米大統領の広島と、安倍首相の真珠湾への相互訪問があった。歓迎ムードが広がったが「二人は国家にとって都合のいいシナリオをなぞっていると見抜けた」。経験に裏打ちされた証言を踏まえて現在を捉える感覚が、多くの人にも必要だと言う。
証言者たちは、これが歴史の真実だと大上段に構えない。しかし、ラジオの最終回、戦争体験を聞くことは「生き延びるための知恵をいただくこと、命が輝く話」だと語った。
書籍化にあたり証言を読み込み検証した。それは追体験でもあったという。「いただいた知恵が身についた気がする。真実は色々。ここにある多様性とそれぞれが生き抜いた精神力、強靱(きょうじん)な心が『歴史』よりも力強く伝わるはず」
(文・真田香菜子)=朝日新聞2017年06月11日掲載
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