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福永信が薦める文庫この新刊!

  1. 『ダーク・ジェントリー 全体論的探偵事務所』 D・アダムス著 安原和見訳 河出文庫 994円
  2. 『チャップリン自伝 栄光と波瀾の日々』 中里京子訳 新潮文庫 1069円
  3. 『コリーニ事件』 フェルディナント・フォン・シーラッハ著 酒寄進一訳 創元推理文庫 778円

 (1)登場人物が全員浮かれてる。推理小説だからって「事件」が山盛りすぎる。肝心の探偵事務所に辿(たど)り着くのは本書の半ばあたり。一体どーするの(笑)。本書を例えるなら、オモチャの散らかった子供部屋。秩序は子供の心の中だけにある。SF的才能を駆使して「小説」というミステリーに挑む怪作。全体論的に笑える。解説も充実。
 (2)映画の外でこんなに事件が起きていたとは。戦前、来日時に暗殺の対象になる。戦後、法廷に引っ張り出される。理不尽な検閲が続く。何度も訪れる危機を綴(つづ)るが、シリアスな状況でもギャグを紛れ込ませるのを忘れない。彼の映画の豊かさと同じだ。戦争と個人史が重なる、アメリカ映画史の傑作でもある。解説も充実。
 (3)近年絶大な支持を得るこの小説家もまた、戦争と個人史を重ねる。現代の殺人事件が歴史の暗部に接続する。簡素な文体はむしろ事件の深さを測り、読者の感情を攪拌(かくはん)する。謎解きのカギは生きている人間の中で響く、歴史の声にある。その「声」をより響かせる解説も充実。=朝日新聞2018年02月04日掲載