「竹内好とその時代」書評 「対立物の一致」を内包する思想
ISBN: 9784908672194
発売⽇: 2018/02/28
サイズ: 22cm/316p
竹内好とその時代―歴史学からの対話 [編]黒川みどり、山田智
竹内好(よしみ)の風貌(ふうぼう)(本書巻頭の写真)はまったく圧倒的だ。柔道家のような頑強な体躯(たいく)、人を射抜くようなギョロリとした眼(め)。まぎれもない大人(たいじん)の風貌である。
だがその彼がつけた日記には、手にした講演料や原稿料ばかりか、出入りの植木屋への支払いまで記されている。1960年には丸山眞男らとともに安保闘争を闘い、強行採決後に「民主か独裁か」を書く。その彼が約20年前の開戦時には感動に打ちふるえ、「大東亜戦争と吾等(われら)の決意(宣言)」を書いていたのだ。
まるでカメレオン的人間であるが、しかしカメレオン的人間像ほど彼に遠いものはない。彼の思想は最初の小さな点がやがて線になり、そして面になるというふうに、生成的なものである。後年、あの宣言は戦後の議論につながっている、と語っているが、ここにも、彼の思想の生成的特色がよく表れている。
本書は竹内の思想生成を6人の歴史家が論じた好著である。戦前の魯迅開眼から戦後の「ドレイ」論、日本文化を、尊大と卑屈、外国崇拝と外国侮蔑が表裏となったドレイの文化と見る議論へ至る過程を主軸とし、いくつかの論点が枝分かれする。文学や言論活動を閉鎖的な空間から開放することを目指した国民文学論、明治の精神という「伝統」に対する竹内の評価、それに彼のアジア主義論。
竹内の思想には対立物の一致という面が多々あって、例えば丸山眞男によれば、竹内のナショナリズムはインターナショナリズムと表裏である。また竹内の明治の精神とは抵抗の精神のことだという本書の著者の指摘は、伝統と個人の主体性が表裏であることを考えるうえで重要であろう。国体論は国家を被造物ではなく自然と見るところに生じるというのは竹内自身の指摘である。
空想だが、安倍政権下での伝統回帰、明治150年への取り組みを聞いたら竹内は烈火のごとく怒るにちがいない。
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くろかわ・みどり 静岡大教授。著書に『共同性の復権』など。▽やまだ・さとし 静岡大准教授。