旅にはいろいろなスタイルがある。人それぞれ正解はないと思うのだが、旅するように暮らす、もしくは暮らすように旅をするということに、ここ最近興味がある。地元の人に混じり、地元のスーパーやマーケットに行って、お気に入りの店を見つけて、たまに自炊をして、洗濯をして、本を読んで、寝る。慌ただしく観光名所を巡る旅も決して嫌いではないのだが、身体にその街の空気を取り入れて、少しずつ少しずつ馴染ませていく。そんな旅が好きになってきた。
ルーマニアのほぼ中央部にシビウという街がある。中世の面影を残した地方都市なのだが、夏になると世界中から人が集まり、大変に賑わう。イギリス・エディンバラ、フランス・アビニョンと並び欧州三大演劇祭として知られるようになった「シビウ国際演劇祭」が開かれるからだ。面白そうだという好奇心だけで、昨年6月にシビウに6日間滞在することにした。
宿泊先は、民泊を探すことのできるサービス「Airbnb」を使って、アパートの一室を借りた。街の中心地の広場から歩いて3分ほどのところにある。外見は古めかしいが、中はリノベーションされていた。よく清掃されていて、1人旅には十分すぎるほどの広さだった。シャワーもテレビも台所もwi-fiも完備されている。すぐにこの宿が気に入った。1泊およそ3600円。何ともお得である。
演劇祭はだいたい昼過ぎからパフォーマンスが始まって、夜が一番賑わう。同時並行でプログラムが進行するので、その日何を見るのか、朝にコーヒーを飲みながら1日の計画を立てる。幸せな時間。食事は外食もいいのだが、3食全て外食、しかも6日も滞在するとなるとだいたい飽きてくる。街のスーパーで食材を買って簡単な料理をしたり、果物をそのまま丸かじりしたり、焼きたてのパンを買ってみたり。せっかく台所があるので、滞在中はよく活用させてもらった。
演劇祭という非日常を存分に味わいながら、「暮らす」というちょっとした日常も同時に楽しむことができた、いい旅だった。
先日、稲垣えみ子『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を読んだ。朝日新聞の元記者ということで(大先輩だけれど)、稲垣さんの本はほとんど読んでいるのだが、彼女の初の旅行記である。フランスのリヨンに2週間、「生活」をしにいくというお話だ。
稲垣さんがあまり旅慣れていないというのは意外だったが、その旅慣れない様子さえも楽しんでいるところがいい。何でもこの旅で初めてAirbnbを使ったらしく、12ページにも渡って、あれこれ試行錯誤しつつ、宿を予約をする様子が描かれている。
この世界の片隅に、自分の住む場所を愛し、その素晴らしさを人に伝えたいと思っている人がいる。そして、また別の片隅に、この世界のどこかに自分のフィットする場所を求めている人がいる。その双方が、インターネットの存在により、膨大なデータの中で奇跡のお見合いを果たし、結合することができるのである。これはもはや革命ともいうべきものなのではないでしょうか。256-257ページ
ホストであるニコラの優しさ、下の階に住む70歳の大学教授との触れ合い、マルシェでのやりとり。旅の中の日常を面白おかしく追体験できた一冊だった。
日本ではまだ否定的な文脈で語られることの多いAirbnbだが、その土地にとけこむきっかけをくれるので、私は気に入っているし、これからも活用したいと思っている。次はどこで暮らしてみよう?そんな風に考えると、ひと味違った旅ができると思う、今日この頃である。