「最新アルバム『enDroll』はKOJOEくんにプロデュースしてもらいました。つなげてくれたのはRITTOという沖縄のラッパーです。彼とは2012年のUMB(MCバトルの大会)で知り合いました。対戦相手だったんですよ。でもバトルが始まった瞬間から、シンパシーを感じて、変な言葉は使いたくなかった。たぶんみなさんはMCバトルっていうと罵倒しあうイメージがあると思うんですが、RITTOとのバトルはそういう感じにはならなくて。信念をぶつけ合う言葉のセッションというか。延長に次ぐ延長で、なかなか決着がつかなかったんですが、最終的に僕は負けてしまったんです。でも本当に気持ちが良かった。自分を出し切れたというか。だから僕はその試合でMCバトルはもういいかなって感じでした。その数年後、RITTOと一緒に飲むことになったんです。そしたらすぐ意気投合できて、なぜか10分後にはお互い上半身裸で酒を酌み交わしてました(笑)」
これはBUPPONというラッパーを象徴するエピソードだ。思慮深く、情熱的で真剣。山口県出身の彼は、これまで「蓄積タイムラグ」「LIFE」という2枚のアルバムを自身のレーベルからリリースしてきた。活動初期は地元を強く意識していたというが、徐々にラッパーとして自分のスタイルを確立することに重きを置くようになる。そんな時、KOJOEから「アルバムをプロデュースしたい」という申し出を受ける。最新アルバム「enDroll」では、KOJOEとともに新しい表現を追求した。
一番ヤバい遊びは会話すること
彼が1冊目に紹介してくれた本は千原ジュニアの『すなわち、便所は宇宙である』だった。この本は千原が自宅のトイレでノートに書き綴ったテキストをコラムにしたもの。彼の話芸を一躍世に広めた番組「人志松本のすべらない話」で披露されたネタも数多く収録されている。
「今回持ってきた3冊はすべて、同レーベルメイトのHI-JETからおすすめしてもらった本です。HI-JETとは本当に仲が良くて、若い頃からずっとつるんできました。結構いろんな遊びをしてきたんですが、最終的に僕らが行き着いた遊びは2人でただ会話することだったんです。もちろん完全にシラフで。ちょっとしたことを深く掘り下げていくのが楽しいんですよ。例えば『目の前にあるこの本は本当に本なのか?』みたいな。当たり前を疑って延々と議論するんです。僕らはいつもそんなことをして遊んでます(笑)。
この『すなわち、便所は宇宙である』という本は、僕がHI-JETと普段やってることにすごく近かったんです。物事の面白い見方を探すというか。僕は『すべらない話』に出てる人たちが、いつも面白い場面に遭遇しているわけではないと思うんですよ。そうではなくて、みんなが気づかない、日常のなんでもない出来事を彼らが面白く見てるんです。僕とHI-JETの会話もそういう感じなんです。
あと『すなわち、便所は宇宙である』というタイトルも好きで。トイレはアイデアの生まれる場所であり、同時にアイデアとは排泄行為でもある。自分も創作について同じように考えていたので、この本を紹介しようと思いました。あとこの本は単純にめちゃくちゃ気軽に読める。律儀に最初から最後まで読まなくても、パラパラめくって気になったところを読めばいい。そういう意味でも、この企画で紹介するのにぴったりだと思ったんです」
常に考えて何かを生み出すことが大事
続けてBUPPONは2冊同時に紹介してくれた。1つ目は『自分を大きく変える偉人たち、100の言葉』という自己啓発的なビジネス本、もう1つは北野武の『新しい道徳 「いいことをすると気持ちがいい」のはなぜか』だった。まるで関連のなさそうな2冊だが……。
「この2冊は世の中で当たり前だと思われてることに突っ込みを入れまくってる本なんです。まず『自分を大きく変える偉人たち、100の言葉』は有名な格言が実はもともと違う意味だった、とか、今の世の中では成立してないということを一つひとつ解説しています。例えば『初心に返る』ってよく言いますよね。一般的には『何かを始めた頃の初々しい気持ちを思い出して頑張りましょう』みたいな意味で使われる。でも、僕、ずっと変な言葉だなと思ってたんですよ。だって今の自分は昔と同じ気持ちには絶対になれないから。もちろん“初心に返るふり”はできますよ。でもいろいろな経験を経て3rdアルバムまで出した僕に、1stアルバムと同じ気持ちになることは不可能なんです。で、調べてみたら、もともとは『初心忘るべからず』で、しかも意味は『初心者だった惨めな自分に戻りたくない』という意味だったんです。ほらね、って。これが誰かの誤解、または都合から『初心に返る』になった。そんな感じで、一般的に格言と言われてる言葉を疑い出す自分は、この本と出会うよな、と。
『新しい道徳』に関しては、さっきの本の道徳版。今の世の中でいわゆる道徳として信じられてるルールって、実はすごく時代錯誤だよなってことが書かれてる。小学生に『自分を見つめなさい』なんて教えたところでわかるわけないし。道徳なんてものは時代ごとに変わるもので、テンプレートを押し付けるものではないと思うんですよ。僕は、どっちの本も当たり前を疑うことの重要性について書かれてると感じます。何かに囚われて思考停止するのではなく、常に考えて何かを生み出すことが大事だと僕は思っています」
BUPPONは自身のオリジナリティに忠実だ。一体いつからこんな考え方をするようになったのだろうか?
「もともと解体癖があったんですよ。たとえば興味がある人物の魅力を解明したいとか。それが音楽を始めてから加速した感はありますね。ラップを始めた当初は『ヒップホップはこうでないといけない』というのが強かったんですが、そこから解放されてからは、そういう自分をより音楽に投影できるようになった。やりたい放題というか(笑)。
ただ前作の『LIFE』で自分が今できるセルフプロデュースの限界を感じていて。その時KOJOEからアルバムをプロデュースしたいという話をもらって。今思えばすごいタイミングだったなと思います。彼は音楽に対して、ものすごく鋭い感覚、素晴らしい感性、技術を持っています。そして果てしなく情熱的です。今までラップの内容にしかこだわってなかった僕にとって最高に刺激的で充実した制作でした。音楽の楽しさを今一度思い知りました。今回のアルバムは僕らにとって特別な作品なんです」