「村上さんってどんな人なんだろう、ってウィキペディアとかで調べて、だいたい『性格がすごく悪い』っていうのが出てきて、どうしようと思ってました」。第一声で場の笑いを誘ったのは、連句会「連句ゆるり」を主宰する高松霞さん(32)。連句団体「草門会」に所属し、連句を盛り上げようと奮闘する若きリーダーです。
連句とは、五七五の発句に別の人がそれをよりおもしろくするような「七七」をつけて、さらに別の人が五七五、七七・・・・・・とつなげていく集団文芸のこと。かつては戦国武将が武運を祈願して奉納したり、江戸の庶民の遊びとして広まったりしましたが、明治維新後、西洋から「個を尊重する文化」が入ってくると連句は廃れていったといいます。ちなみに、この連句から切り離されて生まれたのが俳句や川柳です。
高松さんは最初、10代から結社に所属して短歌に取り組んでいました。「でも新人賞の最終候補にひっかかるようになり始めてから、だんだん書けなくなってることに気づいていたんです。それでもなんとかがんばりたいと思ってやっていたときに、だめ押しで東日本大震災があって・・・・・・自分にはもう何もできないと」。そんなとき、連句の存在を知って「誰かと一緒ならできるかもしれないと思った」。連句会に参加してみると、締めくくりの句である「挙句(あげく)」に、「霞の中を走るマラソン」と付けてくれた人がいました。「私の名前を入れてくれたんです。『霞さん、今日はおつかれさま』って。短歌とか俳句って個人創作で、一人で完結するじゃないですか。でも連句は誰かの反応が返ってくる。共同制作だとこういうことができるんだ、と思って勉強し始めたのがきっかけです」
「連句ゆるり」という会を始めたのは、その翌年の2012年。名前の通り、ワークショップを交えて連句を「ゆるく」学ぶ会で、ふつうはおよそ半日かけて36句作るところを2時間12句に凝縮し、エッセンスを伝えています。100も200もあるというルールも、ここでは「打越(うちこし)をしない」「うまい句を作らない」「みんななかよく」の3つだけ。「打越」とは、二つ前に出た句と連想がかぶること。「連句は常に新しい言葉を出して、前に前に進んでいく文芸なので、同じ言葉、漢字、数字、フレーズ、情景は二度と使えません」。今回はこの独特のルールに、村上さんが苦しめられることになりました――。
いよいよ連句会がスタート
この日集まったのは、高松さんと村上さんのほかに、俳句歴7年のさとう独楽さん、連句ゆるりに参加するのは3回目という本郷さん、この連載の「真空句会」や「日本橋句会」にも登場した俳人の大塚凱さん。5人で12句を作り、ひとつの物語を完成させます。まずは1句目の発句を、高松さんが出しました。
発句:惜春やゆっくり街の書店まで 霞
高松:この句が、私からみなさんへの「こんにちは」のあいさつの句なんです。それに対して、七七でそのまま素直に「こんにちは」で返してください。みなさんの句で一番よかった句を取りますので、短冊に書いて渡してください。どんどんボツにするので、どんどんください。季語は春です。
独楽:七七にも季語を使わなきゃいけないんですね。
「春の陽ざしの追ひかけてくる(独楽)」という句には「発句に春って言葉を使っているので、もう使えない」、「手にたずさへしチューリップかな(同)」には「切れ字(や・かな・けり)は使えない」と高松さんがコメントし、連句ならではのルールがだんだん分かってきます。みんなが続々と句を出す中、苦戦した村上さんはようやく「巣箱の位置にどらえもんいる」という句を出しましたが、「2句目にいきなりドラえもんはつらい」とボツに。高松さんが選んだのは本郷さんの「忘れな草で作ったしおり」でした。
高松:私の「こんにちは」に本郷さんが「こんにちは」で返してくれました。これだけでは話が終わってしまうので、3句目は「それはそうと、こういうことがこの間あったじゃないですか」って割り込んできてほしいんです。1句目、2句目とは全然関係ないことを五七五で言ってください。季語は入れても入れなくてもいいです。
「火曜日にスノードームを捨てました(村上)」「脳みその画像に黒い点があり(本郷)」「ディジュリドゥウ持ちたる男通り過ぐ(独楽)」などの中から高松さんが3句目に選んだのは、村上さんの服を見てひらめいたという、凱さんの「ジャケットの裏地が白い心電図」。それを受けた4句目は、村上さんの「吊るされているおもちゃのダンプ」が採用されました。
高松さんのように、参加者の句を決定していくリーダーを「捌(さば)き」と呼びます。捌きはまず、「面白い句か」「(打越などの)障りがないか」を見る、と高松さんは説明します。「どのような句を面白いと思うかは捌きによるので、度量によって作品の質が変わってきます」。ちなみに高松さん自身は「詩的かどうか」で判断しているとのこと。「面白いけど障りがある」場合、作者に直してもらったり、参加者と相談したりして進めていきます。
「だんだん怪しい物語になってきた」と笑いつつ、高松さんは5句目に独楽さんを指名して、「秋の月」で五七五を作ってもらいました。
5句目:満月に有刺鉄線伸びゆける 独楽
高松:連句では5句目あたりに「月」、最後から2句目に「花」を出すことが決まっています。四季でいうとお月見とお花見が日本の心だということで、ここで月を愛でるんです。その次の6~8句目では、「恋」を詠みます。恋の物語は1句で捨てず、3~4句つなげます。「世界の物事をすべて詠む」という気持ちがあるので、神様、仏様、時事、地名、人名、スポーツ、酒、食べ物、虫、鳥も入れていきます。特にお酒と食べ物はどこかで入れてください。
村上:このテーマを入れてる句を作って、消していくって感じですか?
高松:そうです。お酒と食べ物は絶対出さないと、終わってから「酒飲んでないぞー」って言われる。
凱:なんでポイント稼いでいくみたいになってるんだろう?
村上:それが粋なんでしょうね。RPGみたいな。これをやらずにクリアするのはイージーモードみたいなことなんじゃないですか。
6句目は恋をテーマにした「秋」の七七で、凱さんの「君の砧(きぬた)で殴ってくれよ」、7句目はやはり恋の無季(季語なし)で、独楽さんが前に出した「ディジュリドゥウ持ちたる男通り過ぐ」が採用されました。ちなみにディジュリドゥとは、オーストラリアの先住民の楽器のこと。これで、テーマの中の「地名」をクリアしたことにします。
高松:(8句目は)もう1句、七七で恋ですね。季語は夏。
村上:恋じゃないかもしれないですけど・・・・・・すいません。(「かなぶんはたく時は左手」の句を出す)
高松:あー、(6句目に)「殴ってくれよ」があるから「はたく」は使えない。これが「打越」ですね。※打越=二つ前の句と連想がかぶること
村上:はあ~、打ち越してるやーん。
高松:凱さんの「感染(うつ)つてしまうほど蚊帳の中」ってエロいなー。
凱:時事です。
村上:(前の句で)男が出たから、もう女はダメってことですよね?(「雷色のリップの女」の句を出す)
高松:隣の句なので大丈夫です。打ち越してないので。
村上:打越むずい・・・・・・。
最終的に「時事になる」という理由で高松さんが選んだのは、本郷さんの「森林火災の後の虹橋」でした。恋が終わって次の9句目は「神様」を詠み込んだ結果、またも本郷さんの「フライングスパゲッティ教通話料」になりました。
高松:フライングスパゲッティ教って、本当にあるんですか?
本郷:フライングスパゲッティ・モンスター教(もしくは空飛ぶスパゲッティ・モンスター教)ですね、正確には。
高松:どういう宗教ですか?
本郷:インテリジェントデザインに対する反抗したインターネットミームって感じ。
高松:全然分からない(笑)。
本郷:ちなみに、電話の通話料を下げることを教義にしていると言われています。これ、(テーマの中の)「食べ物」でもいけるんですか? スパゲティやヌードルが聖なる食べ物とされています。
連句も終盤、難易度が上がります
高松:食べ物いけますね! 次の10句目は春です。ここから春が3句続きます。(残っているテーマの中から)「虫」とか「鳥」とか出しやすいのかな? 凱さん、うぐいすの句が二つ出たんですけど、どっちがいいですか?(「またうぐいすのマネきかされる(村上)」と「春告鳥のかしましきこと(独楽)」)
凱:鳥だと、(8句目の森林火災の)森と(発想が)つかないですか?
村上:鳥で森とついちゃうんだ・・・・・・。
高松:私が鳥って言ったばっかりに! 申し訳ない! では村上さん、うぐいすではないマネに直してもらえますか?
本郷:うぐいすとか鳴き声のいい鳥を出しちゃうと、7句目のディジュリドゥウとも近くないですか?
高松:あー!
村上:もうやめましょう、許してください。僕が悪かったので。
村上:じゃあ、「かわずのマネすコンパの幹事」。
本郷:それだとまた恋愛っぽくなっちゃいませんか?
村上:あー、もうごめんなさい。許してください。
凱:スポーツを入れるとか?
村上:なるほど! 「かわずのマネのバレエダンサー」だとなんかとかぶってきますか? ディジュリドゥウがすぐかぶってくるんで。
凱:強いですからね。でも、バレエはスポーツじゃない。
村上:じゃあ・・・・・・「かわずのマネの元モー娘の人」・・・・・・。むちゃくちゃだ、もう。(みなさんが)出してください。
高松:じゃあ村上さんはゲストなので、11句目の「花でお酒を飲む句」を先に考えててください。一番目立つところなんですよ。「花を持たせる」って、ここから来てるんです。みなさんはフライングスパゲッティ教に続く七七をなんとかしてください。
村上:なんとかしてください! すぐ打ち越しちゃうんで。打ち越したくない! 怖い! 打ち越してないか調べるアプリがほしい。
村上さんが迷走を重ねた10句目は、凱さんの「外野手が初蝶と親しむ」に。それを受けて11句目を任された村上さんは「ひとひらの花酒瓶で狙い打つ」と詠みました。
高松:いいじゃないですか! きれい!
村上:ここいいですよね、「打つ」と「外野手」がつながってて。
高松:きれいだと思います。こういうのを「摺(すり)付け」っていいます。※摺付け=前句に呼応する言葉をつけること
村上:摺付けたよ。やった、摺付けクリアしてるやん。
12句目の挙句は「めでたくパッと終わる感じで」作ります。いくつか出た中から村上さんが決めることになり、「じゃあ(主宰が)霞さんだから、これにしましょう」と本郷さんの「明日は晴天霞の向こう」を選びました。最後に、一番印象に残ったフレーズ「ディジュリドゥウ」をタイトルに付けて、物語が完成しました。
「ディジュリドゥウの巻」
惜春やゆっくり街の書店まで 霞
忘れな草で作ったしおり 本郷
ジャケットの裏地が白い心電図 凱
吊るされているおもちゃのダンプ 村上
満月に有刺鉄線伸びゆける 独楽
君の砧で殴ってくれよ 凱
ディジュリドゥウ持ちたる男通り過ぐ 独楽
森林火災の後の虹橋 本郷
フライングスパゲッティ教通話料 本郷
外野手が初蝶と親しむ 凱
ひとひらの花酒瓶で狙い打つ 村上
明日は晴天霞の向こう 本郷
連句会を終えて、村上さんのコメント
僕が一番心に残って、タイトルにしたかったのは「打越」だったんですけどね・・・・・・すぐ打ち越すから(笑)。ルールがいっぱいあってむずかしかったんですけど、覚えればマージャンみたいな感じかもしれないなと思いました。俳句みたいに五七五の中で「同じような意味が重ならないように」とか、「あまり事柄を詠むのはよろしくない」とかいうガチガチのルールがある、っていうよりは、何句並びでこの方がおもしろくない?っていう遊びですからね。
江戸時代に庶民に流行った理由は、ゲームとかがなかった時代、連句にゲーム性がめちゃくちゃあったからですよね。だからこそみんなが本気になるし、楽しいんだろうなっていうのが分かりました。短歌も俳句もですけど、ルールがあればあるほど思いも寄らぬ発想が出てくるから、おもしろかったです!
【俳句修行は次回に続きます!】