1970年代初頭、一群の女性マンガ家たちが、それまでの定型化した少女マンガの題材と手法を打ち破って新しい表現に挑み、「花の24年組」と呼ばれました。昭和24年前後に生まれたマンガ家が主体だったからです。
そのころ、少女マンガ最大の人気作は池田理代子の『ベルサイユのばら』でしたが、ふつう池田理代子は「花の24年組」とは見なされません。画法が古典的な少女マンガのそれに忠実で、革新的に見えなかったからでしょう。
しかし、いま思えば、1970年代初頭の少女マンガの革命において池田理代子が果たした役割は決定的に重要でした。たしかに画法は古典的かもしれませんが、題材をいきなり世界の歴史のなかに解き放ち、自由と平等という近代史の根本概念を登場人物の肉体に具現化してみせたのです。
池田理代子の切り開いた領域で、最近、二つの大作が完結しました。萩尾望都『王妃マルゴ』と、坂本眞一『イノサン』『イノサン Rouge(ルージュ)』です。ともにフランスの歴史に材を取ったスケールの大きな作品です。
『王妃マルゴ』の舞台は16世紀フランス、ルネサンスと宗教戦争の時代です。カトリック教徒がプロテスタント教徒を攻撃した「聖バルテルミーの虐殺」で有名な時期ですが、ヒロインのマルゴは、母カトリーヌ・ド・メディチの政略結婚の犠牲者であり、また、恋多き女として名高い波瀾(はらん)万丈の生涯を送った人物です。
フランス史のなかでも最も複雑な駆け引きと陰謀が交錯する時期ですが、それを丸ごとスリリングなマンガに仕立てる作者の手腕が冴(さ)えまくっています。クライマックスのアンリ3世の暗殺犯の正体にもあっと驚く仕掛けがあって、萩尾望都の用意周到さに舌を巻くほかありません。最終巻の、「心は…止められないのよ」というマルゴの言葉に私は深くうなずきました。
一方の『イノサン』は、まさに「裏ベルサイユのばら」ともいうべき作品で、ルイ15世と16世に仕えた首斬り役人サンソンを主人公にして、革命前夜からナポレオン登場に至るまでのフランス革命史を、奇想天外なファンタジーに塗りかえています。
『王妃マルゴ』のリアリズムとはぜんぜん違って、山田風太郎の忍法小説のような残虐さとエロティシズムが横溢(おういつ)し、しかも、その絵柄は凝りに凝った耽美(たんび)の極みのマニエリスム。強烈な描写に眉をひそめる方もいるかもしれませんが、日本マンガの一つの極致として記憶されるべきでしょう。=朝日新聞2020年4月8日掲載