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【谷原店長のオススメ】家族や故郷、大切な仲間への思いがこもった自伝エッセイ さだまさし『さだの辞書』

 本を読んで泣く。あるいは、本を読んで笑う。それが何度も、ときには同時にやってくる1冊に出会いました。さだまさしさんの『さだの辞書』(岩波書店)。ご家族のこと、故郷・長崎のこと、仲間や恩人への思いがこもった自伝エッセイ集です。歌うようにつづられる鮮やかな筆致に、ひたすら心を揺さぶられ続けます。

 僕が司会を務める歌番組に2度、さださんは出演して下さいました。誰に対しても分け隔てなく接する、懐の深いかた。サービス精神が旺盛で、皆をたえず楽しませてくださいます。

 シンガーソングライターであり、エッセイストであり、小説家で、映画も撮っておられます。ボランティア活動を長年続けておられます。東日本大震災をきっかけに、公益財団法人を創立し、全国の被災地を回って、コンサートでは募金活動もしていらっしゃいます。甚大な被害をもたらす災害は今年も含め毎年各地で起きていますが、被災地からは「さださんはいつ来てくれるんですか?」という期待の声が寄せられるとか。社会貢献に対する意識、「社会と関わり続ける」という確固たる思いの原点をこの本で知り、改めて尊敬の念を抱きました。

 さださんの音楽といえば、僕らの世代にとってはドラマ「北の国から」の主題歌。ふと思い立ち、過去の数々の名曲を聴きながらこの本を読み始めてみました。すると、より立体的に情景が浮かんできます。お薦めです。さださんはご自身の歌について、こう綴っています。

 「『精霊流し』で“暗い”と言われ、『無縁坂』で“マザコン”、『雨やどり』で“軟弱”、『関白宣言』では“女性蔑視”…(中略)…『たかが歌詞』ひとつに対する世間の過剰反応と個人攻撃にへこたれそうになったこともあった」(本書より)

 でも、同郷出身の文芸評論の大家・山本健吉先生から掛けられた、ある言葉が、さださんを救ったそうです。山本先生の存在は今も、さださんの心に生き続け、創作活動を支えているのだそうです。

 長崎での幼少期に起こった話もたっぷり綴られます。材木屋を営んでいた父親は、諫早の大水害のせいで材木を流されて財産を失い、一家は大邸宅から二軒長屋へと転居しました。実家の没落で味わった寂寥や、父との距離感、母のぬくもり……。

 印象に残る一文があります。それは幼少の頃の記憶を描く章のなかで綴られた「貧しいけれども不幸せではなかった」という言葉。この頃の長崎はといえば、原爆が落とされ、壊滅的な状況からようやく立ち上がり、皆、貧しいけれども、前向きに生きていこうと模索し始めた時代です。「きょう頑張れば明日はもっと良くなる」。そう信じてなんでも乗り越えていきました。

 翻って、現代社会を眺めてみて、どうでしょうか。「貧しくないけれども、幸せではないかも知れない」。僕にはそう思えてなりません。バブルが弾けて、「空白の10年」が、20年、30年と過ぎていきました。かたや、周辺のアジア諸国はどんどん台頭し、かつてはどこか「上から目線」で見ていた国々を、いつの間にか見上げている。でも、それを決して認めたくない空気感や閉塞感に、この国は満ちていると思うのです。

 さきの戦争で、コテンパンに叩きのめされた日本。そこから見事に立ち上がり、豊かになった日本。その後の「空白の数十年」を経た今、僕らは世界に類を見ない高齢化社会に直面しています。過去のような著しい経済成長期とは違う「新しい幸せのモデル」を見つける、「幸せとはなんなのか」を考える時期に来ているのではないでしょうか。コロナ騒動の禍中にあって人生観を見つめ直す人の増えた今、僕たちは大きな岐路に立っている――、そんなことを思いました。

 さださんの文章は、軽やかで、色彩豊か。笑わせられたかと思えば、ズシンと重い鉄の固まりみたいな言葉が出てきます。深い余韻を残すのは、幼い頃に祖母が握ってくれたおにぎりをめぐる「塩むすび・三文安い・桃の花」の章。さだ少年が、幼い頃から大好きだった、祖母の素朴な塩むすび。ところが、のちに小学校に上がった彼の誕生日を祝う会で、豪勢な料理が並ぶなかで見たさだ少年は――。その繊細な心の描写と、おばあさまの深い愛情は必読です。さださんを優しく受け止めるおばあさまは、じつは数奇の運命を辿った強いひと。本当に強いひとは、包容力も身につけるのだな。僕はまだまだ。もっと勉強を積まなければ。

 この本では、さださんご自身が今と過去とを共に大切にしつつ、この先の時間の過ごし方を見据えておられるのが伝わってきます。僕は今年48歳。人生を1日に例えるならば、3時のおやつを食べ終わり、一番楽しみな日曜夕方の「サザエさん」が始まる手前ぐらいでしょうか。「サザエさん」を観た後って、本当に寂しくなりますよね。寝たらまた憂鬱な月曜日が来てしまう。僕はいま、人生のなかで恵まれた時期を過ごしていますが、僕より先を生きる、さださんが見つめる社会への目線や、さださんの周囲との向き合い方は、僕にとってこれから先の人生の羅針盤になりそうです。

 また違ったさださんの世界に触れたいかたへ。小説『風に立つライオン』(幻冬舎)をぜひ。恋人を長崎に残し、ケニアの戦傷病院で働く日本人医師と、担ぎ込まれた少年兵の交流に感銘を受けます。同名の彼の曲を聴きながら、遠き大陸に吹く風の存在を感じてみては。(構成・加賀直樹)

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