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「女性嫌悪(ミソジニー)と政治」本でひもとく 男性の地位・特権、脅かせば罰 三浦まり・上智大学教授

国際的に広がったセクハラへの抗議運動「#MeToo」。日本の集会で発言する女性=2018年4月、東京

 アメリカ大統領選が近づくにつれ、4年前のヒラリー・クリントンの敗北が思い出される。ヒラリーは敗北宣言で「これを見ている小さな女の子たち、あなたが価値のある力強い存在で、この世界で夢を追いかけて達成するチャンスに恵まれるべきだということを、けっして疑わないでほしい」と呼びかけた。熱いものが込み上げてくるのを感じながら、私もヒラリーの演説に聴きいった。

 『WHAT HAPPENED 何が起きたのか?』はヒラリーによる大統領選敗北をめぐる冷静な分析と自己反省の本だ。「わたしは多くの人が――それこそ何百万人もが――わたしのことを嫌いなのだという結論に達した」。これほど多くの人に拒絶されたのは、具体的に何をしたからなのかと自問する。

 それは、大統領選に立候補したからだとヒラリーは気付く。仕事では評価されても、男性のものとされる仕事を求めて競り合うとなると、事態は一変し、「不正直で信頼できない」というイメージにそれまでの業績は全てかき消されてしまう。

悪い女性を区別

 2016年に私たちが目撃したのは、女性嫌悪(ミソジニー)の根深さだった。ミソジニーについて、体系的な哲学的考察をおこなったのがケイト・マンの『ひれふせ、女たち』だ。400ページを超える大著において、マンはミソジニーの発現形態とその理由を丹念に説き起こす。ミソジニーとは女性一般を嫌うことではなく、良い女性と悪い女性を区別し、後者を罰する政治現象である。良い女性とは、男性に対して、惜しみなく与え、ケアし、愛し、気を配ってくれる存在である。その女性としての務めを怠ったり、無視したりする者に対して、社会的承認の撤回という罰が下される。とりわけ、男性にコード化された特典や特権を女性は奪ってはならず、それを奪おうとする女性には容赦ない制裁が待ち受けることになる。

 権力的地位というのは、男性にコード化された典型的な特権だ。アメリカという世界大国の大統領という地位をめぐる競争は、最も激しいミソジニーを引き起こす磁場といえるだろう。

家父長の価値観

 しかし、ミソジニーはアメリカだけではなく、家父長的価値観が支配的な社会ではどこでも発現しうる。日本においても、性差別や性暴力について告発を行う女性に対して、ミソジニー的罵詈(ばり)雑言が向けられる。その言葉は、発信者だけでなく、社会全体を傷つける。石川優実の『#KuToo(クートゥー) 靴から考える本気のフェミニズム』では、彼女が職場でのヒール強要を撤廃する運動を広げるなかで送りつけられた「クソリプ」(中傷や罵詈雑言が並ぶリプライ)を紹介し、丁寧に反論を試みる。石川も言うように、それらは「罰を与える」言葉なのだ。本書を通じて誹謗(ひぼう)中傷のパターンを理解することで、傷つきから立ち直る手がかりにしたい。

 日本の政治においてもミソジニーは跋扈(ばっこ)する。すでに多くの女性議員が標的にされてきた。彼女たちを貶(おとし)めることで、政治は女性の居場所ではないというメッセージが発せられる。女性議員が増えるにつれ、ミソジニーは激しさを増すと覚悟した方がいいだろう。

 ミソジニーの発現をどうしたら防げるのか。レイチェル・ギーザの『ボーイズ 男の子はなぜ「男らしく」育つのか』(DU BOOKS・3080円)が示唆に富む。男の子の苦境の陰にある男らしさというイデオロギーから男の子を解放し、「自分の感情を言葉で表現する方法を教え、助けを求めてよいのだと教えなくてはならない」と説く。窮屈で有害な男らしさと女らしさのジェンダーステレオタイプからの解放が、わたしたちが前に進むためには必要だ。=朝日新聞2020年7月25日掲載