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【谷原店長のオススメ】闘病中の最愛の人に紡いだ短編と結婚生活を振り返ったエッセイを収録 眉村卓『妻に捧げた1778話』

 「余命1年」と宣告された奥さまに読んでもらうために、SF小説家の夫・眉村卓さんが毎日紡ぎ続けた短編の物語。その選(よ)り抜きと、約5年間にわたる闘病生活、そして結婚生活を振り返って1冊にまとめた『妻に捧げた1778話』(新潮新書)を今回ご紹介します。

 この本は草彅剛さん主演で映画化され、主人公の親友役で僕も共演しました。昨秋、眉村さんが亡くなられたのを知り、改めて読み返してみようと書棚に手を伸ばしてみたのです。

 「司政官シリーズ」や「なぞの転校生」「ねらわれた学園」などで知られるSF小説の第一人者・眉村さん。病に罹った奥さまが、明るい気持ちで毎日を過ごし、よく笑うようになれば身体の免疫力が増すからと、物語を毎日書くことを決めました。

 執筆にあたり、眉村さんは自分自身に制約を課します。長い物語を書く時間はないので、短いものにする。かといって、手抜きであってはならないので、400字詰め原稿用紙で3枚以上とする。エッセイではなく、必ずお話を創作する。死や病を連想させる内容を避ける。職業作家として、誰に見せても通用するクオリティを貫く。そして何よりも、読んで「あはは」「にやり」とするものを書く。眉村さんの、作家としての矜持を強く感じます。それから執筆はまるで「お百度参り」のように5年間、毎日毎日続くのです。

 たった一人の読者である奥さまは、病状が進むにつれ、やがて読むことが難しくなってしまいます。終末が近づく実感のなかで、どんなにそれを頭から拭(ぬぐ)い去ろうとしても、原稿にどうしても思いが反映されてしまう。つらい日々、もう終わりを告げてほしい気持ち。けれども、終わってしまったら最愛のひとがいなくなってしまう。永遠を願う気持ちと、続くことに対する疲れ。相反する感情が淡々とした筆致の行間に滲み出ていて、切ないのです。

 文中に「話を読む」という章があります。これは眉村さんご自身を描いたようなお話です。約3日間、ほとんど眠ったままの妻に向け、もう読んでもらえないかも知れない原稿の執筆に彼は専念します。少しだけウトウトした後、妻が目を覚ましていることに気付いた彼は「読もうか?」。妻は頷きます。原稿用紙を手に取って彼が朗読し始めると――、そこで彼はハッと目を覚まし、妻が眠ったままであることを知ります。つまり、今までのやり取り自体が夢だったのです。彼は椅子にもたれ、やがて眠りに落ちる。ふと気づくと、妻が再びこちらを見ている。「読もうか?」。妻は頷く。でもそれはやはり夢。どれが現実でどれが夢なのか。

 おふたりは高校の同窓生だとか。奥さまは67歳で亡くなられたので、約50年のお付き合いということになりますね。積み重ねた時間の尊さも知らない僕などが、このようなことを記すのは無神経かも知れませんが、改めて素敵なご夫婦だと思います。僕だったら、眉村さんのように振る舞えるのだろうか。もっと感情的になり、取り乱したり、苛立ちを覚えたりするかも知れません。人間の弱さをどこかで曝け出してしまうと思います。このコロナ禍で、僕は毎朝6時に起き、子どもたちの3食のごはんをつくり、洗濯する生活を約2カ月間続けてきました。そのなかで、継続することがいかに大変で、大事なことなのかを実感しました。数え上げればキリのない雑事をこなしながら、物語を届け続けた眉村さん。「この非常の状態を日常として受けとめるようになった」という眉村さんに、頭が下がります。

 「坂を下りながらの、あるいは転倒にかかる前の独楽(こま)の静かな回転の中での、一日単位の日常」。眉村さんが記しておられるように、死と向き合う重みについて、48歳になった僕も感じることがあります。身体はだんだん老いに向かい、できないことが増え、ひとに必要とされなくなっていく。独楽の回転は既にブレ始めていると思います。ただそれは、子どもたちの成長と引き換えでもあると感じます。ぼくが老いるということは子供たちが成長するということ。今まで僕に決定権があったものを、彼らに譲り渡していく。「それをどうするかはお前たちに任せるよ!」。一抹の寂しさを覚えつつ、同時に心強くもある。衰えていくいっぽうで、「成熟」という別の何かを得ている気がするのです。

 最後のページをめくる時は、涙が止まりませんでした。眉村さんがこの章にどれだけの思いを込められたのか。もう何だか……、言葉が出ないほど胸が苦しくなるのです。眉村さんのすべての思いがこのページに詰まっています。奥さまの病や、ご自身が置かれている現状、感情に、これまでずっと理性的に向き合ってこられた眉村さんの「心の軋み」が現れます。ここまで奥さまのために貫き通した眉村さんを、僕はただただ尊敬します。

 家族との距離感について考える機会が増えた今こそ、身に染みる1冊だと思います。もちろん、珠玉のショート・ショート集として、純粋に楽しむこともできますよ。そして映画の中で奥様役を演じた竹内結子さんのご冥福を心よりお祈りいたします。

 つばた英子さん、つばたしゅういちさん共著の『ふたりからひとり―ときをためる暮らし それから』(自然食通信社)もお薦めです。自然に囲まれ丁寧に暮らし、90歳で眠るように亡くなった夫を送り、ひとりになった英子さんが日常を取り戻していくお話です。(構成・加賀直樹)

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