タイトルの「孤塁」という言葉は、ただ一つ残った砦(とりで)、という意味を持つ。本書は東日本大震災による原発事故下の福島県双葉郡で、孤立無援のなか救急活動を続け、さらには原発構内の危険な現場で奮闘した双葉消防本部の消防士たちの姿を描く。
ノンフィクションにおいて細部の描き方がいかに重要であるかを、あらためて感じさせる作品だと思う。津波後の絶え間ない救急活動中、唐突に知らされた「15条通報」(原子力災害の緊急事態)。発災から原発構内での給水活動へと続いた息詰まる過程の全てを、著者は一切の意見を差しはさまずにシーンの連なりによって再現している。
消防士たちの聞いた音、匂い、感じた恐怖や不安。濃密な細部が次々に積み重ねられるその描写に、取材の執念を感じさせるものがあった。
では、著者がそのように事実を以(もっ)て伝えようとしたこととは何だったのか。
爆発後の原発構内で活動した一人が、自分たちの活動は〈国や県の記録に残っているのだろうか〉とふと口にする場面があった。〈きっと特攻隊はこうだったのだろう〉という悲壮な言葉すら吐露される現場において、消防士という仕事の本質がむき出しにされ、彼らは深い苦悩に苛(さいな)まれていく。読み進めるうち、その「何か」が「俺たちはここにいた」という彼らの必死の声であるのだと気づいた時、私は胸を締め付けられた。
双葉消防本部の孤独な闘いは、これまでほとんど知られていなかったという。だが、歳月とともに震災の記憶が風化するなかで、あの現場の記録を残さねばならない、と心から願った人々がいた。著者はその痛切な思いに応えるための最もふさわしいやり方で、この作品を描こうとしたのだろう。
本書は今年度の本田靖春ノンフィクション賞を受賞した。東日本大震災から10年が経とうとするいま、このような作品が評価され、読者を広げていることに意義を感じる。=朝日新聞2020年11月14日掲載
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岩波書店・1980円=1月刊。6刷1万3千部。講談社本田靖春ノンフィクション賞受賞作。「読者からの手紙やメールが多いのが特徴。しっかり届いていると実感する」と編集者。