革命の熱狂が支配する18世紀フランス。王妃マリー・アントワネットの姿は断頭台にあった。だが無慈悲な刃が彼女の首を落とすことはなかった。なぜなら彼女には鋼より強い肉体美があったから。ハプスブルク家秘伝のプロテインと日々の鍛錬が生み出す筋肉の前にはギロチンの刃など無力だったのである。処刑台から生還した彼女は叫ぶ。「私はフランス。たった一人のフランス」。かくして筋肉による王政復古が始まる。筋肉万歳(ヴィヴラフランス)!
バトルマンガなどでは、特殊な能力や道具に頼らず、鍛え上げた肉体を武器に戦うキャラクターをパワー系と呼んだりする。西山暁之亮(あきのすけ)『パワー・アントワネット』はまさにタイトル通り、フランス王妃が肉体一つで革命と戦う、パワー系歴史小説だ。武将や文豪、軍艦に日本刀など、歴史的人物や事物を題材にしたコンテンツは今や一大ジャンル。偉人を美少女にした程度では誰も驚かなくなってしまった感もある。だが、そんな「歴史もの」戦国時代にあっても、ボディービルダーのマリー・アントワネットという存在はひときわ光を放っている。
著者の西山は『カンスト村のご隠居デーモンさん~辺境の大鍛冶(かじ)師~』で第12回GA文庫大賞銀賞を受賞してデビュー……の予定だったが、Twitterでの「パワー・アントワネット(仮)という悪役令嬢もののプロットがございまして」という呟(つぶや)きが大きな話題に。急遽(きゅうきょ)Twitter上でそのまま執筆が開始され、本書がデビュー作となった(なお本来のデビュー作は来年1月刊行予定である)。
一つの呟きから生まれた、現代ならではの小説。それだけあって、ノリと勢いがものすごいのだが、一方、細やかに史実の逸話を盛り込み、ちゃんともう一つのフランス史を描く歴史小説に仕上がっている。エッフェル塔の姿は処刑場の民衆を睥睨(へいげい)するマリーがモチーフだとか、「パリピ」の語源はパーティーピープルでなくパリジェンヌだといった与太話も楽しい。
また、本作はすでに『ガンガンGA』でのコミカライズも決定しているとのこと。マリーたちが決める「アブドミナル&サイ」や「モストマスキュラー」といったポーズも、マンガだと一層映えるだろうから、こちらも期待したい。=朝日新聞2020年12月19日掲載