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秋山あゆ子さんの絵本「くものすおやぶん とりものちょう」 虫に時代劇、好きなもの全部を盛り込んで

文:澤田聡子 写真:本人提供(プロフィールなど)

図鑑で蜘蛛に一目惚れ

――『お姫さまのアリの巣たんけん』(福音館書店)、「みつばちみつひめ」シリーズ(ブロンズ新社)をはじめ、キャラクター化した虫を主役に絵本を描き続ける秋山あゆ子さん。代表作『くものすおやぶん とりものちょう』(福音館書店)は、十手を持った同心の「くものすおやぶん」こと「おにぐものあみぞう」と、親分とバディを組むハエトリグモのぴょんきちが登場。アリが営む人気の菓子店「ありがたや」を狙う盗賊「かくればねさんきょうだい」を見事に召し捕るまでの活劇を、ユーモアあふれる筆致で描き出した。

 「小さいころから虫が好きだったんですか」とよく聞かれるんですが、実は昆虫の魅力に取り憑かれたのは、大人になってから。23歳のとき、映画の美術制作のアルバイトをしていて、小道具として蜘蛛の絵を描く機会があったんです。どれどれ、と「昆虫図鑑」を開いて蜘蛛を見たときに、雷にピシャーンと打たれた(笑)。図鑑を見ながら描くことで、初めて蜘蛛の細部を認識して、「なんて美しいのだろう」と思いました。一目惚れですね。その後、手に入れられるだけの蜘蛛の資料を読みあさったり、実際の蜘蛛の姿を観察したりして、どんどんハマっていきました。

 蜘蛛は、その造形だけでなく生態も面白い。漫画だと蜘蛛の巣って、放射状に丸く描かれていることが多いと思いますが、実は網の形も糸の使い方も蜘蛛の種類によってさまざまなんです。トリモチが付いた糸をウエスタンの投げ縄のように投げてエサを捕らえる「ナゲナワグモ」とか、川の水面に忍者みたいに糸を張って虫を捕食する「ナルコグモ」とか……もうその「職人技」にしびれてしまう。実は網を張るのは蜘蛛の種類のなかでも半分ほどで、絵本の「ぴょんきち」のようなハエトリグモは網を張らない「徘徊性」の蜘蛛なんですよね。糸をお尻から引いて歩き、ピョーンと飛んで虫を捕る、小さくてかわいらしい蜘蛛です。

『くものすおやぶん とりものちょう』(福音館書店)より

 主人公である、通称「くものすおやぶん」はオニグモ。これは蜘蛛としての特性というよりも、「おにぐものあみぞう」という名前の響きから選びました。絵本では蔵にぐるぐると蜘蛛の巣を張るとき、同心円状に張っているんですが、本当はらせん状なんですよね。「蜘蛛の特性をリアルに描く」というよりも、物語の分かりやすさや、キャラクターとしてのカッコよさを優先しました。

模型まで作ったお屋敷図

——七五調の歯切れのいい文をはじめ、江戸時代ふうの風俗、絵巻物のような細かな描き込みが「捕物帖」気分を盛り上げる。

 時代劇も子どものころから大好きで。わが家はあまりテレビを観ない家庭だったんですが、「大岡越前」(TBS系)などはよく観ていましたね。中高生時代は、歌舞伎に夢中になって、「虫」の世界に目覚めるまでは歌舞伎一色。今でこそ、若いファンも増えていますが、昔は歌舞伎というと「年寄りの趣味」というイメージだったかも。

 漫画もそうなんですけど、好きになるととことんハマってしまう「オタク気質」は小さいころから変わっていない気がします。昔から好きだった時代劇の世界観で、私が「虫」にハマるきっかけとなった蜘蛛を主人公にした絵本を作れたのがうれしいですね。

『くものすおやぶん とりものちょう』(福音館書店)より

 絵本との付き合いを振り返ると、私の原点はかこさとし先生の「だるまちゃん」シリーズ(福音館書店)です。特に『だるまちゃんとてんぐちゃん』のうちわや履き物など、小物がたくさん出てくるページを眺めるのが好きでした。「どれにしようかな」と、ずっと考えていられる。『だるまちゃんとてんぐちゃん』は、今でも常に手の届くところに置いてあります。絵本のすみずみまで楽しんでもらえるように、『くものすおやぶん とりものちょう』も、お団子やまんじゅうなどの和菓子から、寿司や天ぷら、飴細工などの屋台を細かく描きこみました。

——横長の判型を生かした「ありがたや」屋敷内の俯瞰図も圧巻だ。

 建物を俯瞰するシーンは、設計ソフトで図面からひいて、模型を作ったのでとても記憶に残っていますね。一般の人にも使える建築用のソフトで、図面を入れるとバーン!と立ち上がるみたいな。動線を考えながら、部屋の位置を考えたり、ああでもないこうでもないと動かしてみたり、楽しみながら制作しました。「俯瞰図」とか「地図」も子どものころ大好きだったんですよ。そう考えると、子ども時代から自分のなかにためこんだ“好きなもの”を、全部注ぎ込んだ絵本なのかもしれません。

『くものすおやぶん とりものちょう』(福音館書店)より

 絵と物語で、「産みの苦しみ」の比重が大きいのは断然ストーリー作りのほうですね。私の場合、漫画のネームと同じように、絵本もストーリーがかっちり固まらないと絵が描けないんです。

 『くものすおやぶん とりものちょう』で悩みに悩んだのは、「犯人をどの虫にするか」。親分の網をかいくぐって、犯人がどう逃げるかという部分で行き詰まってしまって。「土を掘って逃げられるからオケラにしようか、何にしようか……」と、コタツでのたうち回っていました(笑)。「蛾にしよう!」とひらめいてからは、物語のピースがそれぞれピタッとはまっていったことを覚えています。

凶悪なタガメを描いてみたい

——漫画家としてのデビュー作は『虫けら様』(ちくま文庫)。漫画も絵本も「虫を描き続けたい」という思いはずっと変わらない。

 蜘蛛を入り口として、虫好きになってから、はや30年以上。「くものすおやぶん」シリーズでは蜘蛛、「みつばちみつひめ」シリーズではミツバチを中心に、さまざまな虫たちを登場させてきました。今、一番主役として描いてみたいのは「タガメ」。凶悪で強そうなところに魅力を感じます(笑)。水の中で暮らす水生昆虫の世界に興味がありますね。「虫」というテーマは、これからもずっと描き続けていきたいと思っています。