優れた物語には、大きな虚構とリアルな細部があるものだ。後者がしっかりしていないと、前者が説得力を持たない。で、この本には、しっかりしすぎるほどの後者が詰まっている。
まだ見ぬ物語、つまりまだ見ぬアニメや映画、ドラマに出てきそうな空想の家が33軒描かれる。左ページに家が立つ様子を風景ごとみせる「イラスト」、右ページに内部が分かる「設定画」。13世紀からSF的な未来まで、日本を含む世界各国を舞台にした家が紹介されている。
その設定の細かさ、正確さは驚異的だ。「憂鬱(ゆううつ)な灯台守」の登場人物は離婚していて人付き合いを好まない。建物の構造から、光源用のレンズまでが克明に。「階段堂書店」や「臆病な鬼の隠れ家」「水没した都市の少女」があって、土地の傾斜や暖房器具も設定されている。
そして、ゲームの背景を手がけてきた著者の絵の力。「イラスト」はリリカルな水彩風で、「設定画」に登場するのは、投影図法を用いているとおぼしき建築内部の姿だ。図学的な正確さが重視されている。ただし、下描きはアナログだという。水彩風であることも含め、描写に余白を与え、見る人の想像を誘う仕掛けなのだろう。
屋根の形やトイレの歴史を解説するコラムもあり、建築史的、文化人類学的な視点が説得力を支えていることが分かる。
購入者は20~40代が多く、女性が全体の7割だという。それぞれがそれぞれの物語を紡いでいるに違いない。同時に、完璧なまでの設定を見せて、脚本家や小説家らのストーリーテラーたちに、「さあ、この後どう物語を作りますか」と挑発しているようにも思えてしまう。=朝日新聞2021年5月8日掲載
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パイ インターナショナル・2420円=8刷5万5千部。2020年7月刊。著者は背景グラフィッカー、イラストレーター。海外からも注目され、イタリア語版と韓国語版が出た。