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スギヤマカナヨさんの絵本「ぼくのおべんとう」「わたしのおべんとう」 母のお弁当の思い出をつめこんで

文:加治佐志津、写真:家老芳美

絵本をお弁当箱に見立てて

―― ギンガムチェックの包みを開くと、おいしそうなお弁当が登場。スギヤマカナヨさんの『ぼくのおべんとう』『わたしのおべんとう』(アリス館)には、見開きいっぱいにどーんとお弁当が描かれている。男の子のお弁当は鶏の唐揚げの入ったのり弁、女の子のお弁当はミートボールの入ったサンドイッチ弁当。ページをめくりながら食べ進めて、最後は「ごちそうさまー」。実際にお弁当を食べている気分で楽しめる参加型絵本だ。

 この絵本は、お弁当箱に見立てた絵本を作りたい、という思いから生まれました。編集者さんにそのアイデアを話したら、二つ返事で「面白いからやろうよ」と言ってくれて。もともとは男の子のお弁当だけを作るつもりだったんですが、編集者さんが「隣に座ってるのは、きっと女の子だよね」と言い出したんですね。それで、その日の晩にさささっとラフを描いて「隣の女の子のお弁当はサンドイッチです!」とファックスを送ったら、「それも作りましょう」と。

 ちょうどその頃、『ぼくだけのこと』(文・森絵都、偕成社)を作っている途中だったのですが、担当編集者の確認待ちの期間が10日ほどあったんですね。『ぼくのおべんとう』『わたしのおべんとう』は、その10日間で作りました。おそらく私が今まで作った絵本の中で、一番最短で作り上げた絵本です。

『ぼくのおべんとう』『わたしのおべんとう』(アリス館)より

―― 二児の母として、子どもたちの幼稚園時代、毎日お弁当を作っていたというスギヤマさん。現在も、野球チームに所属する息子のために、特大サイズのお弁当を作っているという。

 お弁当については、思い出がたくさんあるんですよ。子どもたちのお弁当を作ること以上に、母が作ってくれたお弁当についての思い出が多いかもしれません。私の母は、父と私と弟2人のお弁当を十数年間、ずっと作ってくれていたんです。弟たちが中高生の頃はボリュームも多くなってきて、大変だったと思います。お弁当箱がダダダダと4つ並べられていて、母がそれにせっせとおかずを詰めている、というのが我が家のいつもの朝の光景でした。

 『ぼくのおべんとう』では、ごはんの下にウィンナーが隠してあって、それを食べている途中で見つけるというシーンがあるんですが、これは実際に私の母がやっていたことです。中学時代、お弁当のときに牛乳が出ていたんですが、牛乳とごはんの組み合わせが嫌だと母に話したら、次の日お弁当箱いっぱいにコーンフレークが入っていた、なんてこともありました。これはいい!と思って牛乳を注いだら、表面張力でコーンフレークが溢れるわ溢れるわ……(笑)。

『ぼくのおべんとう』『わたしのおべんとう』(アリス館)原画

―― 幼稚園や保育園、図書館などでは、『ぼくのおべんとう』『わたしのおべんとう』を2冊並べて、2人で読み聞かせすることも多いそうだ。“ぼく”と“わたし”のやりとりも含めて、楽しいお弁当の時間が再現できる。

 2人で同時に読むというのは、読み聞かせボランティアさんたちの活動からじわじわと広がっていったようです。作っている段階ではまったく想定していなかったのですが、なるほどなと感心しましたね。読者の方々と双方でやりとりしながら本を育ててもらったと感じています。

絵本作家デビューから30年

―― スギヤマカナヨさんは『ノーダリニッチ島 K・スギャーマ博士の動物図鑑』(絵本館)で1991年に絵本作家デビュー。今年、作家生活30周年を迎える。

 デビュー当時は大人の読者を意識して、デザインにこだわったりもしたのですが、その後、小さい子向けの絵本を手がける機会をいただいたことによって、小さい人たちに向けて心を込めて作りたい、それを取り巻く大人たちも楽しめるようなものを届けたい、という意識を持つようになりました。

 1998年に「こどものとも0.1.2.」(福音館書店)の一冊として出た『おふねにのって』で、初めて赤ちゃん向けの絵本を手がけたのですが、そのとき一番こだわったのは、赤ちゃんをひざの上に乗せてコミュニケーションを取りながら楽しむ、ということ。読むだけではなくて自ら参加して、コミュニケーションツールとして絵本を活用してもらいたいと思ったんです。

 『ぼくのおべんとう』『わたしのおべんとう』もそうですが、シンプルな参加型の絵本は、工夫次第でいろんな風に楽しめます。絵本を通じた親子のコミュニケーションを存分に味わってもらいたいですね。

「心のストレッチ」になるように

―― 絵本制作の傍ら、講演やワークショップの活動にも精力的に取り組んでいるスギヤマさん。コロナ禍においても、どうすればできるかを探ってきた。

 昨年依頼を受けた講演やワークショップのうち、中止になったのは一つだけなんです。0か100かではなくて、20でも40でも、どういう形ならできるのか探りながら、創意工夫で乗り切ってきました。

 子ども向けのワークショップでは、『てがみはすてきなおくりもの』(講談社)を読みながら面白い手紙を作ることもあれば、『ぼくだけのこと』を題材に、自分がいかにかけがえのない存在か、人権というところまで落とし込んで伝えることもあります。『レンタルおばけのレストラン』(文・宮本えつよし、教育画劇)では、キャリア教育と絡めて自分の適性について考えるきっかけを与えたりとか。本を立体的に使うというか、ただストーリーを読むだけではない活用の仕方を、いろんな風に楽しんでもらいたいなと。

昨秋、静岡県三島市で開催されたワークショップの様子。『ぼくのまちをつくろう!』(理論社)を題材に、子どもたちが思い思いの町の地図を作り、どんどんつなげてみんなの町を完成させた(本人提供)

 子どもたちには、ワークショップを通じて多角的な視点を持ってもらいたいなと考えています。いろんな方向に考えをめぐらせられるということは、心のストレッチができているということ。嫌なこと、つらいことに対して、鉄壁の心でバンッ!と跳ね返すのではなく、ゴムのようなしなやかな心で、いったんフニャ~ンと受け止めてからボヨンと跳ね返す……そのためには多角的な視点を持つことが大事だし、本はその助けになると思っています。

 絵本の読み聞かせも、私のワークショップも、やったからと言ってすぐに何が変わるものではありませんが、必ずいつかあふれ出てくる何かの“一滴”にはなっているはず。そう信じてこれからも絵本作家を続けていくつもりです。