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「話し足りなかった日」書評 「何でどうして」と子供のように

評者: 金原ひとみ / 朝⽇新聞掲載:2021年11月20日
話し足りなかった日 著者:イ・ラン 出版社:リトルモア ジャンル:エッセイ

ISBN: 9784898155462
発売⽇: 2021/10/06
サイズ: 19cm/245p

「話し足りなかった日」 [著]イ・ラン

 ミュージシャン、映像作家、イラストレーターなど、広い分野で活躍するイ・ランの最新エッセイ集は、贈呈された音楽賞のトロフィーをその場でオークションにかけるエッセイから始まる。これはフリーランスを取り巻く環境がブラックであることへの風刺だ。
 読みながら、子供と話している時のようなくすぐったく、懐かしいような、少し居心地が悪いような気分になった。それはきっと彼女が彼女自身を、そして彼女から見えるものをあるがまま書いているからだろう。彼女は、大抵の大人がなんとなくお約束にして口を閉じている事柄に、何でどうしてと食い下がるのだ。
 収入の内訳、家族への怒り、自分が受けた暴力、自分が人を傷つけたこと、友達が病気になってどうして良いのか分からない葛藤、自分がかつて創作したものに対する後悔、己の性愛への認識の浅はかさに気づきパートナーを受け入れられなくなったこと。自信がないこと、自分には何もないと思うこと、迷うこと、彼女は開けっ広げで、全てに真摯(しんし)だ。七転八倒しながらどう生きるべきか考え続ける彼女は強い人に見えるが、強さとは生きやすさに直結するものではなく、時には最も己を苦しめる刃ともなる。本書の中で彼女は、悔しくて、悲しくて、怒りで、不甲斐(ふがい)なくて、何度も、子供のように正しく泣く。
 私たちは、あらゆるものが揺れ動き安易なカテゴライズが不可能となった複雑で難解かつ答えのない、いや答えが移ろい続ける世界について、生きる限り考え続けなければならない。己の過去の考えや言動を省み、正しかったのかどうか再考する必要に駆られたり判断を覆す必要に駆られることもあるだろう。本書は、その真っ当であり続けることの苦しさと恐ろしさ、煩雑さを受け入れることが今を生きることであり、今を生きていない人にならないためにはこの苦行を続けていくしかないのだと、諦めに似た覚悟をくれた。
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Lang Lee 1986年、ソウル生まれ。『悲しくてかっこいい人』『私が30代になった』『アヒル命名会議』など。