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「奇奇怪怪明解事典」TaiTanさん×玉置周啓さんインタビュー 「妖怪」と「プロ生活者」、対話の軌跡

Dos Monos・TaiTanさんとMONO NO AWARE・玉置周啓さん

「もの食う人びと」を渡されて

――ポッドキャスト番組「奇奇怪怪明解事典」を始めたのが2020年の5月。Dos Monosで予定していた1カ月のアメリカツアーがコロナ禍で中止になったことがきっかけだった、と。

TaiTan そうですね。自分はラッパーをしているので、ライブができない代わりに、言葉と声を使って何かをやりたくて、メディアとしてはポッドキャストがいいだろうと。それで(玉置)周啓くんに声をかけました。

――声をかけた時点では、お二人はそこまで密な関係ではなかった、とまえがきにありました。

TaiTan 話したのは片手で数えるほどで、どういう人間かもそこまでわかっていませんでした。1回だけ、二人で2時間くらい、お茶したことがあって。

玉置周啓(以下、玉置) お茶したといっても、約束して会ったわけではなく、とある仕事で現場が一緒になって 、そのあとに流れで行った感じです。

TaiTan その時の印象がけっこう強くて、波長は合うなっていうのはピンときていました。そこで本の話になり、彼が辺見庸の『もの食う人びと』という本をくれたんです。

玉置 あれ、お前が持ってたのか! ないと思って探してたんだよ。そもそも、あげてないし。

TaiTan 譲渡したんじゃないの?

玉置 そんなわけないだろ! 今度返せよ!

――玉置さんはどういう意図でTaiTanさんに本を渡したんですか?

玉置 自分は小者ではないぞ、っていうアピールですね。こういう本を読んでるんだぞ俺は、っていう。あとは、自分の好きな本を渡すことによって、どういう人物かを探るために。ある程度の反応がありそうな人にしか、本の話をしたりはしないですから。

――『もの食う人びと』とは、どう出会ったんですか?

玉置 紀行文にハマっていた時期があって、王道の小田実とか沢木耕太郎とかを読んだあとに、ほかの作家も読んでみたいと思って手を出しました。

――TaiTanさんは、本を読んで感想は伝えたんですか?

TaiTan いや、読んでないです。

玉置 じゃあ返せよ!

TaiTan 人からもらった本は基本読まないので。『奇奇怪怪明解事典』の担当編集からもらった石川淳の『紫苑物語』も読んでません。

玉置 じゃあもらうなよ! 二度と人から本もらうな!

相手は誰でもよかった!?

――ポッドキャストを一緒にやろうと誘われて、玉置さんは二つ返事でOKしたんですよね。

玉置 本の帯も書いてくれたTempalayというバンドの小原綾斗がポッドキャストを先にやっていて、自分もやりたいなと思っていたところだったので。別に相手がTaiTanだから即答したわけではなく、ポッドキャストをやりたかったタイミングだったんです。

TaiTan このスタンス崩さないんですよ。相手は誰でもよかった的な。

玉置 一人語りでもやれた自信ありましたからね。まぁ今となっては、二人でよかったと思ってますけど。

――「奇奇怪怪明解事典」というタイトルは、どういう由来で?

TaiTan 現象とかムーブメントとか、あるいは仕草だったり言葉だったり、僕らが不思議に思う「あれって何なんだろう」ということに名前を付けていって、数が集まれば辞典になるだろうっていうコンセプトです。この名前での書籍化も最初から想定していました。ただ、名前を付けるという当初の目的は、途中からあまり意味を成さなくなっていって、僕らのしゃべった言葉が社会のムードを反映する、辞典というかマップみたいになればいいなと。

玉置 そういうコンセプトとか書籍化とか、僕にはまったく共有されていませんでしたけどね。僕は普通に雑談っぽい感じで、話題のチョイスや内容がおもしろければいいと思っていたので。

――書籍化を当初から目的にしていたのは、どういう狙いがあったのでしょう。

TaiTan そこまで深い関係性ではない二人がしゃべって楽しめるのは、2カ月くらいが限界だと思ったんですよね。楽しさだけじゃなく、新鮮さも失われるだろうし、長く続けるためには、何か具体的かつ大きな目標があったほうがいい。なので、言ってしまえば制作進行的な都合もありました。やる気を失った時に「書籍化いけるかも」っていう感触があれば、やめるわけにはいかなくなるので。

玉置 制作進行上の都合とか、僕はまったく知りませんでしたけどね。

――本にするにあたってはどんなことを意識しましたか?

TaiTan ポッドキャスト番組は、たとえばYouTubeとかの動画コンテンツと比べた場合、サムネイルもないし、話している僕らの顔も素性もわからない、アクセスのハードルが高いメディアだと思うんです。しかも書籍化のタイミングでは、すでに90近いエピソードを配信していたので、全容もわかりづらい。そういった手を出しにくい感じを、そのまま書籍というパッケージにすることを意識しました。

 辞書を模した大層な装丁はもちろん、わざわざ箱に入っていることにも、544ページという分厚さにも、3段組で極小の文字組も、定価が4000円を超えることも、すべてに意味があります。簡単に取り扱えるものであってはならない、気軽に読めるものであってはならない。ポッドキャスト番組を書籍で体感するというのは、そういうアクセスのしづらさだと思ったんです。

周啓くんはプロ生活者

――「奇奇怪怪明解事典」は、『急に具合が悪くなる』などの人文書から、芥川賞を受賞した『推し、燃ゆ』などの小説、『大丈夫マン』『ひゃくえむ。』などの漫画、「花束みたいな恋をした」などの映画、そして「M-1グランプリ」といったお笑い番組まで、幅広い作品を俎上に載せながら、その要点や社会背景について考察しています 。

TaiTan 作品名が多く登場するので、よくガイドブック的な紹介をされることもあるのですが、作品についてはほとんど語っていないんですよね。ここがおもしろかった程度のことは言いますが、作品の内容について言及することは巧妙に避けています。ましてや批評は一切していません。

 たとえば、僕は吃音があるのですが、伊藤亜紗さんの『どもる体』という吃音に関する本を読んだ話をした時には、自分自身の体験も語りながら、森喜朗の失言にまで話が展開していきました。つまり、作品は話題のきっかけに過ぎず、そこから自らの体験談や時事問題に接続していく展開にこそ、この本の価値があります。その語りだけは代替不可能なので。

――「こういうキャラが登場するんだけど、どう思う?」みたいな話をよくしていますよね。

TaiTan キャラの言動とかについて話すほうが、より生活に根ざしてるじゃないですか。僕たちの話していることは、具体と抽象の行き来に過ぎない。より抽象度を高めていくことで、周啓くんも話に乗ってきます。周啓くんは生活の実感が伴った話をちゃんと打ち返してくれる、プロの生活者なんですよ。

玉置 勝手に言葉を作って、人をそれに当てはめるな!

――書籍の発売記念フェアとして、いろいろな書店で『奇奇怪怪明解事典』で取り上げられた本をずらっと並べた棚ができたりもしていました。

TaiTan そういうカルチャーガイドとして見られることもそうですし、周りの反応から改めて気付かされたことがあって。僕は文化と経済を等しく愛していて、横断的に物事を見ているんです。カルチャー愛に溢れている人もたくさんいるし、経済的な数字を愛している人もたくさんいますが、等しく愛している人って、あんまりいないんですよ。

 音楽もきっちりやりながら、ビジネス的な観点で新しいことを仕掛けてくるアメリカのラッパーとかが好きなのは、文化と経済を等しく扱っているからで。美術の世界だとアンディ・ウォーホルとか、日本人だと村上隆みたいなタイプにシンパシーを感じます。

 作品だけを崇高に扱うのではなく、活動の全体を通じてどう世の中に作用してゆくか。そこにしか興味がない。僕は究極の文脈オタクなんです。そしてこの本は、文脈オタクの僕が資産として作ったものです。時勢の要求で作られた流行りものって、時間が経つと価値が目減りしていきますよね。それは資産ではなく、一般消費財。資産を形成するためには、文脈を血肉化させて、文脈をコントロールするだけの筋力を鍛えなくちゃいけない。

玉置 お前……なんかさっきからずっとすごいこと言ってんな。

TaiTan 聞いてたの?

玉置 隣に座ってるんだぞ!

TaiTan まぁ僕みたいな人間が二人いてもしょうがないので、一緒に組むのは周啓くんみたいなプロ生活者がバランス的にはいいんです。

TaiTanは妖怪!?

――番組で対話を続けてきて、玉置さんは、TaiTanさんをどういう人だと認識するようになりましたか。

玉置 彼は一見どうでもいいようなことにいちいち突っかかって、わざわざ議論の俎上に載せるんですよ。そういう友だちは他にもいますが、そのなかでも冗談にするのが抜群にうまい。あまりにシリアスだったりすると対話が成立しなくなっちゃうんですが、TaiTanはそのさじ加減が絶妙で。

 本のまえがきでは「妖怪」って書いたんですけど、異形のものではありながらも、完全に別世界の住人ではなく、欲望とか願望とか、人間が普段は隠しているものが顕在化したような存在です。イマジネーションの塊と言ってもいい。僕にとっては、バンドで歌詞を書くぶんにはきれいな言葉だけを使えばよかったわけで、音楽をやるうえで必要なかったかもしれない言葉を引き出してくれます。

TaiTan あと、対話を文字に起こして改めて感じられたのは、僕らの関係性がどう変わっていくのかの記録になっていることでした。出会って数回しか対話をしたことのない二人が、どんどん仲を深めていく過程の足跡を辿る、そういうおもしろさが本にはありますね。運動としての対話が楽しめる。

玉置 ポッドキャストはTaiTanの家に週1くらいのペースで行って収録していたんです。人の家に週1で行くって、大人のやることじゃないですよね。

TaiTan 学生でも帰宅部じゃないとやらないよ。

玉置 そういう誰もが小学生や中学生の頃に体験した人と仲良くなる過程を、大人になってからやってみた記録としても読めるのかなと。

言葉を重んじて、軽んじる

――お二人の対話は、それぞれが歯に衣着せぬ、むき出しの言葉を使っていますよね。ともすれば中傷にもなりかねないほど、関係性に依拠する高度なコミュニケーション。だからこそ、リスナーは緊張感を持ちつつも、引き込まれていく。

TaiTan そこが僕らのやりとりの一番おもしろいポイントだと思います。そもそもは言葉を脱臼させたり、言葉を再構築しようということを意図して始めた番組なんですが、そのぶん言葉というものに偏重し過ぎるきらいも正直あって。言葉を重んじると同時に、「たかが言葉だろ」と軽んじる姿勢も持っていたい。相手の言葉を重く全身で受け止めることもあれば、あえて聞き流すくらいの時もある。そこの共犯意識をお互いに持っているからこそ、たとえ相手を腐す言葉が飛び交っていても、事故にはならないし、関係性も壊れないんだと思います。

――二人とも乱暴な言葉を使っているのではなく、あえて言葉を乱暴に扱っている、と。

TaiTan まさに。言葉に対して、かなりアンビバレントな態度なんです。それは僕がラッパーであり、周啓くんも作詞をしてその言葉を歌うミュージシャンである、ということが大きく関係していて。お互いに言葉への好奇心や執着が人一倍強く、ある程度は言葉を扱う具体的な技術も持っている。その前提があって初めて、言葉の重さと軽さを使い分けることができるし、自分に発せされた時には受け身が取れる。言葉に対する教養や耐久性を持ち合わせている者同士だからこそ生まれるやりとりのおもしろさが、本の読者にも伝わったらいいなと思います。

――そこまでいくと、もはや話芸と言ってもいいと思うのですが、お二人ともにお笑い好きというのが、コミュニケーションにも影響しているのでは?

TaiTan 世代的にも、お笑い文化からの影響は色濃いと思います。ただ、たくさん浴びてきたからこそ、会話における芸人仕草みたいなものへの物足りなさも同時に感じているんです。僕は爆笑問題の太田光が好きなんですけど、あの人が格好いいのは、本気と茶化しが常に混在しているアンビバレントな存在だからで。

 芸人のフリートークって、基本は茶化すほうの文化じゃないですか。真面目だったり硬派な話題を華麗にスルーすることが粋とされている文化。それって生理的に右脳としては気持ちいいけれど、左脳としては物足りないんですよね。

――あの太田光の極端なアンビバレンスをショーとして成立させるには、相方である田中裕二の強靭な忍耐力と正当なツッコミ力があってこそ。それが玉置さんの役目なんでしょうか。

玉置 そんな立派なものは備わっていませんが、基本すべてのものをバカにしているような僕の性格が功を奏しているんだと思います。あとは、TaiTanに何を言われようが「俺がいなくなったら『奇奇怪怪明解事典』は終わりだぞ」と思っているからですかね。自分に存在価値を感じているとかではなく、そのくらい脆いものなんだっていう意識のもとで。

 長くポッドキャストを聴いている人の中には、僕がいじられ役で、TaiTanがいじり役っていうふうに思っている人も多いと思うし、なんならその構図を期待している人もいると思うのですが、その関係性には絶対に落ち着きたくないんです。何が何でも反抗してやる、言いたいことは言ってやる、とは常に思っています。

ブックカバーは恥ずかしい

――以前お二人が小泉今日子さんのポッドキャスト番組「ホントのコイズミさん」に出演した時、学生時代、TaiTanさんは「話しかけられたくないから本を読んでいた」と言っていて、一方の玉置さんは「話しかけられたくて本を読んでいた」と言っていました。この好対照はとても重要だと思います。

TaiTan 僕は小さい頃からずっと、目の前の人間よりも本のほうがおもしろいと思っていて。だいぶひどい考え方ですけど、今読んでいるこの本よりもおもしろい話をしてほしい、みたいな不遜なスタンスを持っており。でも周啓くんは、常に目の前の人間に向かい合っている。

玉置 僕はこんな本を読んでますよ、っていうことを周りにアピールしたいんです。こんな見た目だけど、脳内ではこんなことに興味があるんだ、っていうことを知ってほしい。自分という存在が誰かの視界に入って、何かしらの影響を及ぼしているという感覚があるんですよね。自意識過剰かもしれませんが。でも、むしろ隠すためにブックカバーをしているほうが、僕としては恥ずかしい行為に思えます。

――アピールのために、どういう本を読んでいたんですか?

玉置 最近だと『激動 日本左翼史』(池上彰・佐藤優)とか、『カレーライスの誕生』(小菅桂子)とか。家では別の本も読みますが、持ち歩くのはこんな感じです。それこそ、TaiTanに渡した『もの食う人びと』はだいぶ外向けの本ですね。

 僕は本の感想を誰かと言い合いたい。そのために、自分がどんな本を読んでいるのかアピールする必要がある。読むのは評論や随筆が多くて、そういう本を読むと、自分の行動が変わるんですよ。本に書いてある場所に行ってみようとか、自分も真似してみようとか、人生のステップのために本があるっていう感覚です。

TaiTan やっぱりプロ生活者じゃん。

玉置 うるせーな! お前の見立てを補強するためにしゃべってるんじゃねーんだよ!

――小説は読まないんですか?

玉置 3日間とかたっぷり時間がある時に、勇気を出して読みます。読み始めると、現実に戻ってくるのにすごい時間かかって、しゃべり方とかも登場人物に寄っていっちゃうんです。だから普段は読みません。身動きがとれなくなるので。インプット全般が苦手なんです。それだったら、アウトプットしているほうがいい。出すぶんには、ちゃんと死に近づいている感じがして、喜ばしいです。

――え? 死に近づいている感じがして喜ばしい?

玉置 あ、すみません。嘘を言っているわけではないんですが、やばい人だと思われるので、載せるかどうかはお任せします。せっかくインタビューしていただいているのに申し訳ないのですが、自分の立ち位置や役割がどうとか、自分のやっている音楽も含め、この『奇奇怪怪明解事典』のおもしろさがどこにあるのかとか、分析し始めると脳が崩壊するので、考えないようにしているんです。僕はただ生活しているだけで、『奇奇怪怪明解事典』のおもしろさについては、TaiTanが勝手にやってくれたらいいと思っています。

TaiTan こうやって、いつも周啓くんは生活の実感値を付与して話を変な方向に発展させていくんです。これがさっき僕の言った、具体と抽象の行き来であり、プロ生活者たる所以です。

――最後に、今後の展望について聞かせてください。

TaiTan 僕は向こう5年でメディアから消えたいです(笑)。最近はもう自分がニコニコとメディアに出ていること自体が気持ち悪くて。僕の声とか脳がメディアに露出するぶんにはいいんですけど。なので、VTuberになりたいです。

玉置 気持ち悪ぃな! 

――玉置さんはいかがでしょう?

玉置 『奇奇怪怪明解事典』についてはTaiTanの思想だけあれば十分なので、僕からは一切何もないです。猛スピードで駆け抜けて、早く死にたいです。

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