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悪夢は決して絵空事ではない 最新ホラー3点から恐怖の本質を考える

物語の背後にある政治的混乱や貧困

『寝煙草の危険』(宮﨑真紀訳、国書刊行会)は“アルゼンチン・ホラーのプリンセス”の異名を持つ、マリアーナ・エンリケスの短編集。以前この連載でも取り上げた『わたしたちが火の中で失くしたもの』と同様、ゴシックな美意識に貫かれた現代ホラーが収められている。その不気味な物語の背後に、政治的混乱や犯罪、貧困などのアルゼンチンの現実が貼りついているのも、『わたしたち~』と共通する特色だ。

 裏庭に埋められていた赤ん坊の骨が幽霊となり、主人公とともに生活する「ちっちゃな天使を掘り返す」、虐げられた貧困老人の呪いが街を覆い尽くす「ショッピングカート」、犯罪に巻き込まれ行方不明になっていた大勢の子供たちが次々に帰ってくる「戻ってくる子供たち」。

 生ける死者、呪術、降霊術といったホラー映画や小説でおなじみのモチーフが、非業の死を遂げた社会的弱者の叫びと共鳴し、不穏で血なまぐさい世界を顕現させる。鮮烈なイマジネーションが横溢するクオリティの高い短編集だが、恐ろしいことにここに描かれている悪夢は、決して絵空事ではないのだ。

いまも鳥肌立つモーパッサン作品

『新編 怪奇幻想の文学3 恐怖』(紀田順一郎・荒俣宏監修、牧原勝志編、新紀元社)は、海外怪奇小説のマスターピースを新訳で贈るアンソロジー。シリーズ第3巻にあたる本書はずばり恐怖をテーマに、10編の怖い小説を収録している。

 一口に怖いといってもその傾向はさまざま。怪音が響く屋敷の秘密を描くM・P・シール「音のする家」大自然の霊威に魅入られていく男を迫真の筆致で綴ったアルジャーノン・ブラックウッド「木に愛された男」、ギターを背負ったさすらい人が不吉な未来を告げるチャールズ・ボーモント「とむらいの唄」……。どの作品を怖いと感じたかで、読者の恐怖のツボが明らかになるはずだ。

 わたしがぞっとしたのはギ・ド・モーパッサンの「謎」という小説。収録作の中で一番古い作品だが、家具がぞろぞろと動き出すシーンは何度読んで鳥肌が立つ。すぐれたホラーは文化も時代も超越し、読者と響き合うのだ。

 本書の冒頭に引かれているラヴクラフトの至言「人類の感情で最も古く、かつ強いものは恐怖であり、恐怖のなかでも、もっとも古くかつ強いもの、それは未知なるものへの恐怖である」をあらためて実感させられる傑作集だ。精神科医・春日武彦による解説「恐怖を堪能するとは、どのようなことか」もこのテーマを考えるうえで有益。

澤村伊智の現代性が冴える

 日本のホラー小説シーンにおいて、最も“現代”を感じさせる書き手といえば澤村伊智だろう。デビュー作『ぼぎわんが、来る』以来、モラハラ、ネグレクトなどの社会問題を作中で取り上げてきた作者は怪異譚と、それが語られる時代の関係に意識的だ。

『さえづちの眼』(角川ホラー文庫)は、そんな澤村ホラーの特色がよく表れた中編集。「あの日の光は今も」は少年時代にUFOらしき光を目撃したことで、人生が大きく変わってしまった大谷昌輝の物語。街を訪れる研究家やマスコミが、昌輝の体験にさまざまな意味を与える。しかし時代とともに移り変わる“解釈”をあざ笑うように、何かは光を放ち続ける。安直なオカルトブームを皮肉りつつ、人知を超越したものの怖さを描いた秀作だ。

 子供たちを保護する一軒家の異変を描いた「母と」。郊外の屋敷を這いずるものの正体に迫る「さえづちの眼」。残る2編でも複数の視点や時間が交差し、怪異のさまざまな諸相が浮かび上がる。神ならぬ人間には、霊的領域をすべて理解することなど不可能なのだろう。たとえ間違っていても、その時代の言葉で怪異を語るしかない――。そんな諦念にも似た思いが、霊能者姉妹が活躍するこの人気シリーズに、さらなる怖さをもたらしている。