共和党のドナルド・トランプが返り咲いた今回の米大統領選。勝利の要因の一つとなったのが、バイデン政権下で急増した不法移民の問題だ。
トランプは選挙戦で「移民はペットを食べる」「米国民の血を汚す」といった差別発言で恐怖をあおり、支持を広げた。米国の歴代大統領はバラク・オバマを除きすべて白人だが、トランプほど白人の人種的憎悪を公然と喚起し、権力に変えた人物は異例だ。そうした意味を込めてトランプを「米国初の白人大統領」と呼んだ黒人ベストセラー作家、タナハシ・コーツの『僕の大統領は黒人だった バラク・オバマとアメリカの8年』上・下(池田年穂ほか訳、慶応義塾大学出版会・各2750円)の洞察は今も有効だ。
8年前の選挙で、トランプはオバマの時代に「自分たちの国が乗っ取られる」との白人の憎しみを駆り立てた。今回は、矛先を不法移民に見定め、白人に加え、白人の世界観を受け入れた非白人の支持も得た。米国はまだ「白人大統領」の呪縛のうちにある。
「白人」的な存在
トランプは米国史の例外なのか。本書末尾でコーツは、自分たちはトランプ的な暴力や差別からは無縁だと考える米国民を批判する。米国が行ってきた無数の戦争や暴力の歴史に鑑みれば、世界においては米国民全体が「白人」的な特権階級だともいえる。
イスラエル占領下のパレスチナ自治区を訪問したコーツは、10月に『メッセージ』(未翻訳)を刊行した。かつて米国で黒人は、人種差別的なジム・クロウ法によって投票権や人権を剝奪(はくだつ)されたが、同様に、パレスチナ人もイスラエルによる「ジム・クロウ」体制に長年苦しめられてきた。米国は、巨額の軍事支援を提供することでイスラエルによる抑圧に加担してきた。批判は国際社会のみならず、米国内でも高まる。
米国初の黒人女性大統領は誕生しなかったが、民主党のカマラ・ハリスの挑戦は歴史に一ページを刻んだ。『アメリカ黒人女性史 再解釈のアメリカ史・1』(ダイナ・レイミー・ベリーほか著、兼子歩ほか訳、勁草書房・3960円)は、これまで黒人女性が、性差別や人種差別が交差して織りなす抑圧と戦い続けてきた歴史を教えてくれる。暴力や逮捕に屈さず投票権を求め続けた公民権活動家ファニー・ルー・ヘイマーや、黒人女性初の連邦議会下院議員シャーリー・チザム。晩年チザムはこう述べた。初の黒人女性下院議員ではなく、変革を起こすために闘った女性として記憶されたい、と。
この願いはハリスにも重なる。ハリスは自伝『私たちの真実 アメリカン・ジャーニー』(藤田美菜子ほか訳、光文社・2200円)で、権力の内側に入り、正義を求める人々を迎え入れ、「変化を起こす」政治家になりたいと語っている。ハリスと彼女に続く女性たちが、初の女性大統領の道を開き、米国政治に変化を起こす未来に期待したい。
「絶対化」の弊害
「トランプから民主主義を守る」を合言葉に戦った民主党側にも、まさに民主主義の視点から、様々な懸念が残る選挙だった。今回の選挙では多くの反トランプ派の共和党員がハリス支持を表明したが、その中にディック・チェイニーがいた。2000年代、副大統領として「テロとの戦い」や「中東の民主化」を掲げ、アフガニスタンやイラクなどで、数十万の市民の犠牲を生む破滅的な戦争を推し進めた人物だ。
民主主義は重要な価値だが、それを絶対化する傾向は「非民主主義国」とみなされた国への武力を生み出す。『民主至上主義』(エミリー・B・フィンレイ著、加藤哲理訳、柏書房・3300円)は、民主主義の絶対化に潜むこの問題を「民主至上主義」と言い表す。米国の民主主義の前にある障害は、トランプだけではない。=朝日新聞2024年11月9日掲載