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BREWBOOKS(東京) 西荻窪に魅せられた店主がめざす、本とクラフトビール好きの集まる場づくり

 8月に佐々木書店  を訪ねた際、野田里依さんが「その昔、東京の西荻窪にあるGraceというケーキ店に憧れていて、レシピ本を見ていろいろ再現したこともある」と語っていた。私も群馬にいた頃は「今度東京に行ったらここに寄りたい」という店が何軒もあったものだ。

 この地方出身者あるあるにシンパシー&野田さんが惹かれたケーキに興味があったので、西荻窪に足を運んでみた。Graceももちろんだが、以前からBREWBOOKSという本屋が気になっていたからだ。

物語の舞台に登場しそうな、レトロかわいい外観。

 西荻窪駅から歩くこと約5分。レンガの外壁にブルーのドアが特徴のBREWBOOKSが見えてきた。「ブリューだけにブルー」などという昭和的ギャグが頭によぎりつつドアを開けると、うず高い木製のカウンターに、やや隙間があるのが目に入った。この奥がレジスペースになっているのだろうか?

店主の尾崎大輔さん。

「何か手に職を」と飛び込んだIT業界

 こんにちはと声をかけて奥に進むと、店主の尾崎大輔さんが、送本作業に追われていた。聞けば、尾崎さんと作家の星野文月さんが企画&編集したアンソロジーが発売されたばかりなのだそうだ。作業のお邪魔になることを謝りつつ、ちょっとだけ手を止めて頂くことにした。

 BREWBOOKSがオープンしたのは2018年10月31日で、ちょうど7周年を迎えた。尾崎さんは札幌出身で、高校までを北海道で過ごした。実家は札幌駅からも近く、自転車で行ける範囲内に新刊書店も古本屋も点在している抜群の環境で育った。そんな尾崎さんが10代の頃なりたかったものは、「飲み屋の店主かマンガ家」。1人でできる職業に憧れがあったからだという。高校卒業後は都内にある大学の、文学部日本文学科に進学した。

「消去法ではあったのですが、もともと国語も好きだったし、読書の習慣もあったんです。通っていた小学校の1階に、誰でも借りられる図書室があったんですよ。そこで本を借りるのが楽しくて。それで日本文学科を選びました」

本とホップのしおりが描かれた店のシンボルマークは、地元・西荻窪のデザイン事務所によるもの。

 当時は村上春樹の『海辺のカフカ』が出版され、2年後には本屋大賞がスタートするなど、日本文学に大いに注目が集まっていた時期だった。しかし尾崎さんは自分で書くことへの憧れはなく、就職活動の流れにも乗れず、何か手に職をと思い、システムエンジニア(SE)の仕事を選んだ。

「ちょうどその頃はmixiやはてななど、日本のネット系IT企業が躍進していました。人とコミュニケーションを取るのが苦手なので営業職には向いていないけれど、システム開発をするSEはある意味、職人に近いなと思ったんです」

 とはいえそれまでプログラミングなどを手掛けたことはなかったため、まったく未知の業界に飛び込んでしまった。しかもSEの仕事も、コミュニケーション能力が問われることもわかった。毎日勉強に追われるハードな日々だったが、程なくしてスマートフォンが世に登場し、興味があったTO DOリストが作れるアプリを開発するなど、好きと仕事が徐々にリンクするようになった。

 学生時代から住んでいたのは神奈川県の相模原市だったが、次は下北沢か西荻窪に住みたいと思い、西荻窪に引っ越した。街歩きもアルコールも楽しめて、こだわりの個人店も多い。西荻窪にすっかり魅了された尾崎さんは、自分もこの街で何かできないかと考えるようになったそうだ。

「最初は西荻窪の街に関するアプリを開発しようかと考えていました。だから本屋をやろうと思っていなくて。ただずっと好きだった本と、大人になって好きになったクラフトビールの両方がある、本好きが集まって飲みながら交流できる場所があったらいいなと思ったんです」

木製カウンターは棚貸しスペース。この奥に尾崎さんとビールケースとレジが。

人々の生活が垣間見られる本をセレクト

 他社への転職も含め11年間SEを続けた尾崎さんだったが、2018年に退職して物件探しを始めた。不動産屋に「本屋を始めたい」と相談すると、ギャラリーだった現在の場所が空いたとの情報を得た。本もビールも出せて、ビルの1室ではなく道路に面した一軒家という理想にぴたりハマった。家賃はちょっと高めだけど、雰囲気も坪数も理想にかなっている。理想的な物件は、次を待っていても出てくる保証はない。駅からは少々距離があるものの、いざ店を始めてみると向かいに区民事務所が引っ越して来たり、カフェや動物文具でファンを引き付ける文具店などが周囲にできたりして、人通りのある界隈になったそうだ。

 ずっとSEをしてきた尾崎さんはアルバイトも含めて書店員経験はなく、リアルなモノを売った経験もなかった。しかし、

「たまたま手にした内沼晋太郎さん  の『これからの本屋読本』 と、辻山良雄さん  の『本屋、はじめました』 に本屋を始める具体的な方法があったので、大いに参考にしました」

 一方のビールはスコットランドのクラフトビール、 BREWDOGのPUNK IPAや志賀高原ビールなど、国内外のクラフトビールを並べることにした。が、オープンして2年が経つ頃、コロナ禍を機に銘柄を一つに絞った。今は地元・杉並区のブルワリー、Mountain River Brewery のビールだけを置いている。

 スイーツも好きだがアルコールも同じぐらい好き……だけどまだ取材中なのでぐっと我慢して、ビールが飲めるスペースでもある2階に案内してもらうことに。ヤンヤン  ほどではないけれど、なかなか急な階段を昇ると、おおっ広い! 両階ともに6坪の広さだというけれど、2階は畳敷きになっていて、くつろぎ必至スペースではないか。

「2階は当初からイベントと時間貸しのコワーキングスペースとして考えていましたが、畳敷きでイスが並べられないので、読書会向きかなと。2階に置いてある本は商品ではなく、自分の私物です」

奥の窓際には、旅館にありそうなソファとテーブルも。

 寝っ転がりたい衝動を押さえて、1階に戻る。6坪のフロアの約半分に新刊やZINEを並べ、半分はいわゆる棚貸しの、BOOKSELLER CLUBになっている。在庫は約2000冊で、新刊やZINEについてジャンルのこだわりはないけれど、自分の興味関心があるものや、お客さんとのやりとりから生まれる棚があるそうだ。

「西荻窪は歌人が多いので、最初はほぼなかった短歌が今は充実しています。セレクトにこだわりはないものの、生活史シリーズやエッセイなど、人の営みが垣間見えるものが好きですね」

入口からすぐの場所に新刊が並び、壁の奥がBOOKSELLER CLUBに。

ずっと西荻窪で本屋を続けたい

 この連載がアップされる頃には、BREWBOOKSレーベルの2冊目となる『傷病エッセイアンソロジー 絶不調にもほどがある』のイベントを企画していると、尾崎さんは語る。2024年に刊行した尾崎さんと星野さん、作家の小原晩さんのエッセイ集『もう間もなく仲良し』とは一転して、「こ、これは痛そうだ……」というハードな傷病エピソードが並んでいる。

「実は3月に心臓発作を起こして、入院したんですよ。その時のことを日記に書いてみたけれど、それだけだと満足できなくて。星野さんも昨年骨折したし、2人の傷病体験をZINEにしてみようかと思ったけれど、エピソードが足りないのでアンソロジーにしてみました」

 尾崎さんと星野さんで話を聞きたい人に声をかけ、約5か月かけて制作した。私自身、過去に大病で手術した際のことを人に聞いてほしくてたまらなかったように、「これは大変だ」という痛みの記憶は誰かに話したくなるし、人の話も聞いてみたいものだ。うん、納得。

「コロナの時にwebショップを始めたのですが、今では店を維持するためにオンラインは欠かせない存在になっています。出版も売り上げのサポートのために始めましたが、おかげさまで出足は好調で、本を作る楽しさにも目覚めました。今後は在庫を充実させつつ、店を続けていくことを第一に、色々模索していきたいと思っています。万一移転することになっても、やっぱり西荻窪で本屋を続けたいですね」

始めた当時はほぼなかった歌集や詩集は、今やなかなかの品揃えに。

 尾崎さんに別れを告げて、ひとりお疲れ様会のつもりでGraceに立ち寄り、ケーキをテイクアウトした。ふんわり軽くてとろけそうなケーキは、佐々木書店シフォンに通じるものがあるかもしれない。食べ進めるうちに、尾崎さんが愛する西荻窪と自分との距離が、ちょっと縮まった気がしてきた。

 Graceはもう40年以上の老舗だから、移転したとしても西荻窪にあり続けるであろうBREWBOOKSも、長く長く続くことを願って。まずは身体を労わってくださいと、自分よりも年若い尾崎さんに、心の中でエールを送ってみた。

尾崎さんが選ぶ、ビールとともに味わいたい3冊

●『死んでいるのに、おしゃべりしている!』暮田真名(柏書房)
 川柳人である暮田真名さんのエッセイ集です。川柳人のエッセイと聞くと自分に関係ないと思う人がもしかすると多いかもしれませんが、家族や社会からの期待にうまく応えることができなかった人にぜひとも読んでほしい本です。

●『エピタフ  幻の島、ユルリの光跡』岡田敦(インプレス)
 北海道東端、根室市から2.6kmに位置するユルリ島。かつて家畜の馬と共に昆布漁に従事した島民がいたが、現在は野生化した馬が数頭残るのみ。幻想的な馬の写真と、元島民たちが語るたしかな輪郭を持った島の歴史が印象的です。

●『傷病エッセイアンソロジー 絶不調にもほどがある!
 10月にBREWBOOKSから刊行したばかりの本です。予期せぬ病気や怪我に直面したときの心模様のリアルを、15名の書き手に綴って頂きました。生きることの痛みと希望を映し出す傷病体験集です。

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