ISBN: 9784622098461
発売⽇: 2026/04/20
サイズ: 19.4×2.2cm/288p
「世界文学重層」 [著]西成彦
言語はネーション(国民/民族)の一番重要な要素のひとつ、とされている。母国語を話して、自国民としての一体性と連帯意識を持つ集団(ネーション)。それが国家という空間をもつというのが、近代の国民国家という虚構(フィクション)だ。
一方で、いくつもの国にわたり流布した言語がある。国連の公用語となった英、仏、スペイン語、ロシア語は、その帝国主義支配によって世界に通用するようになったものだ。
日本語は前者だ、と思いがちだが、日本も大東亜共栄圏として、西欧列強と同様に「日本語圏」を拡大しようとし、そのことでさまざまな苦痛を強いられた人々を生んだ。日本の植民地支配をうけたアジアの人々にとって日本語は支配者の言葉であり(密航の際、日本語の本を持っていたので摘発を免れたという朝鮮出身作家のくだりは、胸が痛い)、母語を否定されて生きざるを得なかった過去を引きずる。そのことに日本は無自覚すぎる、との筆者の憤りは、随所に登場する。
一方で、植民地解放後も日本語で書くことで「日本帝国主義の残滓(ざんし)との清算」を迫られて深刻な精神のねじれを抱える朝鮮出身作家もまた、筆者のいう「いくつもの『語圏』という名のクレープが、いくつも重なり合」う「世界文学」の、ちくちくとした痛みの重層性を示す。宗主国の言語と母語と、さらには祖国の運命に翻弄(ほんろう)されて移住した他国の言葉と、複数の言葉のなかでどのように自らを語るのか。そこで現れるのは、上海の多言語都市や南米の移民コミュニティーで、国民国家の枠やネーション意識から切り離されたり零(こぼ)れ落ちたりした作家たちの、言語と立ち位置と移動経路の交錯性を浮き上がらせる語りだ。
評者は、日本の街角で多様な言語が溢(あふ)れながら、日本語が支配言語ではなくそれらを結びあう世界文学のとば口になればいいと思ってきたが、それは今や叶(かな)わぬ夢なのだろうか。
◇
にし・まさひこ 1955年生まれ。立命館大名誉教授(ポーランド文学、比較文学)。著書に『耳の悦楽』『外地巡礼』など。