歴史をどのように描くのか。そこに史実をどう位置づけるか。その視点がすなわち「史観」だ。河野有理・法政大教授(日本政治思想史)が著した「日本史はいかに物語られてきたか」(新潮選書)は、昨今失われたその豊かな「史観」の競演を鮮やかに描き出す。
河野さんはここ数年、NHK大河ドラマに強い関心を持つようになったという。歴史に対する現代人の感覚が、如実に表れているからだ。
時代考証は非常に緻密(ちみつ)。エビデンスにはとことん忠実だ。一方、史料で裏づけされ得ない心情やせりふは、現代人の倫理観そのままだ。たとえば戦国武将が「人を殺したくない」「戦は嫌だ」などと口にする。
「明らかに無理がある。時代設定が、ある種の舞台装置でしかなくなっている」と河野さん。血みどろの毎日を送っている戦国武将が、現代の私たちと同じ倫理観を持つはずがない? 「そういうセンスは、まさに『史観』の領域です」
敗戦と民主化で、皇国史観がその力を失った戦後日本の史論空間。そこでは当初「国民的歴史学運動」を推し進めた共産党の大きな方針転換に伴い、史的唯物論も揺らいでいく。それらの跡地を埋め尽くすかのように百花繚乱(りょうらん)、色とりどりの「史観」が花開いた。
その豊かな空間を渉猟し、個人が書いた通史的な広がりを持つ歴史物語に見える「史観」を比べてみた。「食わず嫌いせずにいろいろ読む」スタンスで進めると、保守―革新、右翼―左翼の軸ではとらえられなかった各年代に共通する特徴や地下水脈が見えてきたという。
「時代ごとに強調される日本史のトピックがあり、それは論者のイデオロギー的な立場よりむしろ影響が大きい。これは発見でした」
たとえば1970年代。未来学ブームと同時に古代史ブームが到来し、歴史へのイマジネーションが爆発する。小松左京、梅原猛、上山春平と論者も多士済々だ。「今までの強固な歴史の語り方の文法がなくなったことによる解放という側面がある」と河野さん。「ただ、型がなくなると、どうしても語りに苦しさは出てきます」
もともとは左派の間で広がった縄文文化への憧憬(しょうけい)が、70年代には右派にも受容されていき、「新しい歴史教科書をつくる会」の西尾幹二が著した「国民の歴史」(99年)につながる。それと敵視し合う網野善彦の「日本社会の歴史」(97年)との意外な距離の近さが興味深い。
本書で取り上げる直近の著作は百田尚樹の「日本国紀」(2018年)。通史ながらキャラクターや因果関係、時代区分にも無頓着な記述が教科書的に並び、「史観がない」と指摘される。
「日本史、あるいは日本通史と呼ばれるものは結局、国家の歴史」と河野さん。世界を見渡すと、米国のトランプ政権によってグローバリズムの時代が終わりを告げ、いま再び国家の存在が大きくなっている。「ところが、左派はナショナリズムを手放していた。国家というものをここまで真剣に考えなければいけない時代が来るとは思っていなかったんです。右派もきちんとした歴史を書けていない」
河野さんがいま懸念するのは、歴史への想像力がなくなった結果、歴史が断片的に切り取られ、都合よく利用されることだ。「荒唐無稽な偽史がまかり通ってしまう」。それはすでに始まっているという。だが、アカデミズムは実証主義に徹し、史観には禁欲的な態度を貫く。両者の距離は縮まらない。
「史観は鳥の視点」と河野さん。「時代をちょっと高い山の上から俯瞰(ふかん)するような見方が、いまの人は不得手になりつつある。それがいまの論壇、言論空間の閉塞(へいそく)感の一因ではないでしょうか」(興野優平)=朝日新聞2026年7月15日掲載