私は広島で生まれました。物心ついた頃、街の復興は進んでいましたが、同居していた祖母の顔や体にはひどいやけどの痕がありました。けらけらとよく笑う人で、お風呂屋さんにも普通に通っていた。愚痴は聞いたことがありません。稽古を続ければどんなステップも出来る、生きてバレエが踊れることが何よりの喜び。今に至るこの楽天主義は、前向きな祖母の背中を見ながら育ったおかげでしょうね。
世界の様々な舞台で踊ってきましたが、どの国でもヒロシマという地名を知らない人はいません。「ご家族は大丈夫だった?」と尋ねる米国人もいました。ただ、ニューヨークで踊ったとき、有名な批評家に「小さなアトミック・ボムが日本から飛んできた」と書かれたのは複雑な気持ちでしたね。
ニューヨークには69年に留学もしています。3時半起きでお弁当屋さんのアルバイトも。そこで強烈な出会いがありました。メトロポリタン歌劇場で見た、英国のマーゴ・フォンテーン主演の「眠れる森の美女」です。彼女が階段から登場するだけで張り裂けんばかりの歓声が湧き、泣きだす人さえいて。何がこんな感動を生むのか、と。
その留学の帰途に訪ねた欧州各国では、一流バレエ団から誘いを受けました。でも、私の心は動きませんでした。根なし草になりたくなかったし、誠実で繊細な日本人ならではのバレエがあると信じてもいましたから。そして、74年にブルガリアのバルナ国際バレエコンクールに清水哲太郎と出場し日本人初の金賞を受けました。それまで上位の大半は、ソ連など共産圏出身者。轟音(ごうおん)のような拍手を受け、戦中戦後の厳しい中でバレエに尽くした先輩たちに恩返しができたと思いました。
留学中に記憶に深く刻まれたマーゴや、ソ連のガリーナ・ウラノワなど、東西どちらの先輩からも指導を受ける機会に恵まれました。「眠れる森の美女」は、マーゴのパートナーでソ連からの亡命者だったルドルフ・ヌレエフと各国で共演しました。マーゴからは「浄化された魂の輝きを表すのよ」、ルドルフからは「全ての力を出しきれ。弾丸のように、ブルドーザーのように」と技術を超えたアドバイスをもらいました。
「眠れる」は、ヌレエフの演出・振り付けで87年以来、松山バレエ団の大切なレパートリーになりました。そのヌレエフは2年後のベルリンの壁崩壊や、ソ連解体を見届け、93年に世を去りました。「眠れる」は、他人任せなお姫様のおとぎ話ではありません。周囲に対する温かさ、全てを包み込む強さがなければ、オーロラ姫は輝かない。それはどんな社会体制、宗教の国でも変わらない感動につながります。
東日本大震災から4年経ちますが、ほかを見渡しても様々な災いや苦悩が続いている。今こそ私たち芸術家も、長い「眠り」から覚めて自立して進んでいかなければならない。広島で生まれた自分は、背中に白い羽こそついていませんが、使命を持った人間としてつねに祈りながら、踊りを通して平和と美の使者でありたいと思うのです。
気づけば60年以上踊っています。まさか今も全幕もので主演を務めさせていただいてるなんて、感謝の気持ちでいっぱいです。(聞き手・藤崎昭子)=朝日新聞2015年3月31日掲載
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