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大谷崇「生まれてきたことが苦しいあなたに 最強のペシミスト・シオランの思想」 絶望にわずかな風穴を開ける

 何故(なぜ)かは分からない。私は十歳の頃から常に、消えたい、むしろ消えているのが自分に最も適した状態であるという確信の中で、トランスジェンダーの人が自らに適した性に近づきたいと願うように、自分のあるべき「消えている状態」への渇望を抱えて生きてきた。しかし同時に、十一歳の時から小説を書くという「消えている状態」とは真逆(まぎゃく)の方向にも振り切ってきた。ペシミズムの王者、シオランの言葉にはその答えがある。

 「一冊の本は、延期された自殺だ。」(『生誕の災厄』)多作とは言えないが、自殺への衝動に突き動かされながら言葉を紡ぎ続けたシオラン自身の実感の籠(こ)もった言葉だろう。

 本書は、苦しいあなたを根本的に救済する本ではない。しかし、今で言うニート、あるいはヒモとして労働を拒み、最後まで自殺もせずまあまあ長寿を全うした、意外に明るく多弁であったシオランの言葉を紐解(ひもと)き、矛盾の中で生きる困難、死の素晴らしさ、怠惰や衰弱の効用に向き合うことにより、自分自身をよりよく知る手段となるだろう。

 自殺なんて考えちゃだめ、などという言葉に、死を至上の喜びと捉えるペシミストは絶望する。しかし生まれてこないことの幸福について語るシオランの哲学は、張り詰めた生きづらさに僅(わず)かな風穴を開けてくれる。

 私たちはしばしば、至上の理解者が既にして死者であることに絶望する。しかし「人生に生きる価値を見出(みいだ)している人に会うとびっくりしてしまう」と書く著者が、シオランと現代の日本でもがき続ける私たちを緩やかに結び付けてくれる。シオランと大谷さんの語らう居酒屋に遅れて同席し、世界や生や人々に罵詈(ばり)雑言を吐きまくり、涙が出てくるようなほっとするいくつかの言葉を胸に刻む。本書を読むことはそういう、まあ生きていて良かったかなと思える久しぶりの夜を、友と酒を酌み交わしながら明かすような体験だった。=朝日新聞2020年3月21日掲載

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 星海社新書・1210円=3刷1万部。19年12月刊行。著者は87年生まれ。ルーマニアの思想家シオランの研究者。「ツイッターなどで若い世代に支持が広がった」と担当編集者。