1990年代に登場、物議を醸しながらも大人気を博し現在に到(いた)るラップのサブ・ジャンル、ギャングスタ・ラップの第一人者スヌープ・ドッグの料理本。米ロサンゼルスの“フッド(治安の良くない地域の通称)”出身ながら芸能界を昇り詰めたアメリカン・ドリームの体現者ならではのフッドの家庭の雰囲気たっぷり、料理と直接関係のない語りも楽しい。実はレシピだけでなくそちらも重要で、グローバルに伝播(でんぱ)しているストリートからの文化とその価値観を料理本という形式で“レペゼン(代表)”しているともいえる。
もちろんアメリカ家庭料理に関心がある方に大いにお勧めできる。朝食からパーティ・メニュー、感謝祭のターキーからスウィーツやカクテルのレシピまで掲載。外食だけでなく映画やテレビで馴染(なじ)みのある料理のレシピの細かいところに手が届き嬉(うれ)しい。冒頭の“俺の食料品棚の中”“俺の冷蔵庫の中”という頁(ページ)ではスパイスなど揃(そろ)えるべき基本アイテムが判明する。煮るだけ焼くだけとの先入観を持っていた料理の決め手が実はドレッシングやソースだったり、ミートボール・パスタのレシピでは“鍋に全てを突っ込んで、おもいっきり混ぜて食ったら最高に旨(うま)い”といった一手間だったりと、料理のコツが分かる。
“ギャングスタ映画を観(み)ていると、組織の大物たちはみんな最上級の旨そうなメインディッシュをいつも食べている”との一節にあるようにマスキュリニティ(男性性)と料理を結びつける一方、妻の手料理に皿を持って子供たちの後ろに並んでいたなどとユーモラスな日常のエピソードも披露。またジャマイカやオーストラリア料理など、ワールド・ツアーで体験した海外のレシピも自然に紹介しアメリカ偏狭なわけでもない。スヌープの長い人気も納得がいく。
自分はシーザー・サラダのドレッシングにハマっています。今度の夕方はジンとシャンパンの“フレンチ・コネクト75”を作ってみるつもりです。荏開津(えがいつ)広(DJ・立教大兼任講師)=朝日新聞2022年4月23日掲載
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KANA訳、晶文社・3410円=3刷2万部。2月刊。SNSで反響を呼び、部数を重ねた。「音楽ファンと料理ファンとの両方にアピールできた」と担当者。