1. HOME
  2. コラム
  3. 本屋は生きている
  4. 書肆スーベニア(東京) ゲーム実況・倉庫勤めを経て浅草橋へ。行き交う人に託す「本」というお土産

書肆スーベニア(東京) ゲーム実況・倉庫勤めを経て浅草橋へ。行き交う人に託す「本」というお土産

 「ここはこういう場所だ」と、街をイメージ付けてしまうことは誰にでもあると思う。だって高田馬場と言えば学生の街だし、両国と言えば相撲の街だし、神保町と言えば本の街だし。

 そんな私にとって台東区浅草橋と言えば、「パーツの街」だ。駅を降りるとあちこちにアクセサリーパーツの店が並んでいて、ここまで来ないと買えないグッズがサクッと手に入る。だから新刊本屋とは縁遠いと勝手に思っていた。

 でも、ぶらぶら歩いていると、あった。「書肆(しょし)スーベニア」。でも確か、墨田区向島にある古本屋の名前じゃなかったっけ?

 通りから店をそっと眺めると、「古本と新刊」と書いてある。中に入って店主の酒井隆さんに声をかける。すると2022年10月に移転オープンしたと教えてくれた。

店主の酒井隆さん。酒井さんが座る周りに、古本の在庫がずらりと置かれている。

ゲーム実況配信から電子書籍の編集長に

 この日は閉店直前だったので、ある火曜日の昼間に再訪した。店が開いているのは木曜日から日曜日までの週4日で、火曜日は定休日になる。週休3日なんて、なかなか優雅な感じがしますが?

 「実は月曜日は、東京都古書籍商業協同組合の交換会の手伝いをしていて、火曜日は在庫整理をしています。純粋な休みは、水曜日だけなんですよ」

 そう語った酒井さんは、茨城県土浦市の出身。大学入学のために上京し(といってもキャンパスは神奈川県厚木市にあった)、芸術学部で現代アートを専攻した。

 「でも表現者になるには才能が足りないと感じていたので、卒業後はメディア業界で働こうと思い、インターネット専業の広告代理店に就職したんです。最初は営業を担当して、その後は媒体を買い付けを担当していました」

 現在39歳の酒井さんが就職した2007年頃は、まだまだネット広告の黎明期。2023年になっても過激さで耳目を引く広告は多いが、当時は今以上に何でもアリだった。会社自体は居心地が悪くなかったけれど、果たして自分は、ここにいて良いのだろうか? そう思い退社したものの、時代はリーマン・ショックのまっただ中へ。再就職先がなかなか決まらず、貯金を切り崩しての生活が始まった。

 「この頃主流だったライブストリーミングサイトで、ゲーム実況などを配信するニート生活をしばらくしてたんです(笑)。でも現在のユーチューバーのように収入につながることはなくて。貯金も減ってさすがにこれはまずいと思い、一度実家に戻りました」

 再度の就職活動を経て、出版社の営業代行をする会社に入った酒井さんは、PC関係の出版社の担当となった。1年ほど続けていたところ、関連の出版社でマンガの電子書籍を手掛けることになり、「ITに詳しいだろうから」と、いきなり編集長に抜擢されてしまう。

 「他社の紹介で入ってもらった編集者が、作家を連れてきて。自分は編集長ではありましたが、営業と進行管理の担当でした」

首が千切れるレベルでうなずいてしまう『本好きあるある栞』は、栞文庫という名でイラストを描く、酒井さんの妻の作品。

先輩たちのシビアな言葉に、むしろ背中を押される

 BLをおもに扱うサイトで、読者は順調に増えていった。しかし2年ほど働いた頃に異動してきた上司とどうしても合わず、仕事への情熱が失せてしまったという。

 「会社に行くのがイヤになったタイミングで、出版社を経営している知人が『働いていろいろ学ぶといい』と、自分が持っている本の在庫を扱う物流会社を紹介してくれて。倉庫仕事はひたすら身体を動かすものでしたが、やることは決まっていたし人間関係も悪くなくて。転職してそこで約3年働きました」

 と、ここまでの道筋で出版には関わってはいたものの、まだ本屋と結びつくものはない。なぜ本屋を始めようと思ったのだろう?

 「ずっと誰かの世話になり続けるのは、相手にとっても厳しいことじゃないですか。何か自分でやろうと思った時に、たまたま双子のライオン堂のホームページに行きあたって。『本屋入門』講座をしていることを知り、面白そうだと思って参加したんです。2015年頃だったと思います」

 前回登場した久禮亮太さんをはじめ、豪華講師陣による講座は決して夢と希望に溢れたものではなく、個人で本屋を続けることのシビアさにも、しっかり触れるものだった。酒井さんは、むしろそこに惹かれたそうだ。

 「その頃、倉庫で働きながら、高円寺のカフェ兼ギャラリーで日替わり店長&間借り書店もしていたのですが、1人ですべてを担うのは無理だと実感して。本だけを扱う店にしようと思いました」

 インターネットで物件探しを始めたところ、墨田区の向島と杉並区の高円寺~阿佐ヶ谷間に気になる建物があった。2017年3月に物流会社を辞めること、資金が潤沢にあるわけではないので、店に住めることを条件にしたところ、その2つが自宅兼住居にできることがわかったのだ。

 「向島の店のすぐ近くに、三囲神社という神社があるんです。ここは三越のライオン像が置かれていて三井家とのつながりも深いのですが、おみくじを引いたら大吉が出て。とくにそれまで地縁があったわけではないのですが、向島に決めました」

通りに面した、ガラス張りの入口。

移転後、リアル店舗の売り上げ倍増

 新刊と古本を置くことは最初から決めていて、新刊は双子のライオン堂も付き合いがある、八木書店から仕入れられることになった。

 「古本の方がむしろ大変で、最初のうちは知人、友人からもらった本をはじめ、あちこちからかき集めてましたね。そのせいか、なぜか美術手帖のバックナンバーばっかり並んでいた時期もありました(笑)」

古本か新刊かは、本をめくってみるとひと目でわかる。

 新刊は全体の3割程度の500冊、残りは古本という割合で、新刊は自分の興味のあるものや付き合いがある人の本を置くことにしている。それは向島時代も今も変わっていないけれど、浅草橋に引っ越してきてから、店を訪ねるお客さんが圧倒的に増えたという。

 「向島の店は、スカイツリーと浅草と花街のちょうど間の、マンションだらけの住宅街にあったんです。店を開いて2年後に結婚して引っ越しましたが、最初は店に住んでいて。でも地元の人もほとんど訪ねて来なくて、売り上げの99%がネット経由でした」

 約10坪と手狭だったこともあり、5年続けた2022年に引っ越しを決めた。墨田区が気に入っていたので区内で探したが望む場所が見つからず、隣の台東区まで広げたところ、現在の場所を紹介された。

「浅草橋って問屋街で飲み屋が多いイメージだったのですが、街を歩いてみると昔ながらの家が多くて、歩いている人も多くて。生活と商売の距離が近い街だなって思ったんです。この建物も上階に大家さんが住んでいて、オーダースーツの店をやってるんですよね」

 そんな話をしていると、いかにもご近所風の男性が入ってきた。今日は定休日なんですと酒井さんが言う。

 「本貸すの?」
 「いえ、売ってます」

 そんなやりとりをしてから、去っていった。貸本屋だと思ったのだろうか? 彼のようにふらりと来る近隣の人、街歩きがてらの人、絵本が買えるからとベビーカーを押して来る人と、さまざまな人が店のドアに手を触れるようになったそうだ。

酒井さんの趣味は園芸。普段は店の外に出しているユーカリポポラスとサンセベリアは、定休日はしっかり店内にしまっている。

本を梱包して発送する作業に喜び

 現在は15坪と、約1.5倍の広さになった店の棚は、すべて酒井さんがDIYしたものだ。昨年8月にクローズして9月には入居していたが、ウクライナ情勢の影響で木材が品薄になり、なかなか手に入りにくかったと笑った。奥行きを持たせ過ぎず高さにもこだわった本棚は、文庫やハードカバーを並べるのにちょうどいいサイズになっている。ところで、なんで「書肆スーベニア」なんだろう?

本のサイズを考えて作った棚がぐるりと並ぶ。中央の台は向島の店でも使っていたもの。

 「高円寺の日替わり店長時代から使っているのですが、京都の本屋・ホホホ座の山下賢二さんが『ガケ書房の頃』(夏葉社)の中で、『本屋で買った本は全部お土産だ』と言っていたのがきっかけです。書肆をつけたのは、スーベニアだけだと軽い気がしたし、ゆくゆくは出版もできたらなって思いがあって」

 「古本を扱う人って、お客さんとのおしゃべりが好きな人や、本の価値を見極めて値付けをするのが好きな人とか、古本屋の仕事の全てが好きな人は稀だと思うんです。でも自分は、梱包と発送作業が好きで。これって倉庫で働いた賜物ですよね」

 そう笑った酒井さんに、「色々な仕事を経た結果、書肆がゴールですか?」と聞くと、「ここがゴールとは思っていないけれど、結果的にゴールならそれで良いと思います。今はとにかく店を続けようと思っているし、まずは地域に、根付くことを考えています」
と返ってきた。

書肆ではなく書皮は高円寺時代に知り合った、『佐賀のがばいばあちゃん』などを手掛けた伊波二郎さんのイラスト。

 問屋街にある本屋の前を、今日も多くの人が通り過ぎていく。彼ら彼女らの目指す先が1カ所ではないのと同じように、書肆スーベニアが進む先にも、たくさんの道があるに違いない。その先に何があるのかは今の私にはわからない。だけど行き交う人たちにこれからも、たくさんのお土産を渡す場所であって欲しいし、多分そうあるだろう。根拠はないけれど、酒井さんと話してるうちに、そんな思いでいっぱいになった。

酒井さんが選ぶ、誰かへのお土産に選んで欲しい3冊

● 『世界の広場への旅 もうひとつの広場論』芦川智 編/芦川智・金子友美・鶴田佳子・高木亜紀子著(彰国社)
 ヨーロッパ、東アジア各都市の「広場」について、歴史的な成立ちを読み解く学術的な本なのですが、特徴が様々ある広場のスケッチや写真を眺めるだけでも楽しいです。建築論・都市論的な視点で街を見てみると、普通の旅行とは違った楽しみ方ができるようになるかもしれません。

● 『バスラーの白い空から』佐野英二郎(青土社)
 太平洋戦争下、人間魚雷に乗るべく訓練を受けながらも終戦を迎え、その後は商社マンとして海外各地で過ごした著者が晩年に書き残した回想エッセイです。戦争をまだ癒えぬ傷として抱えた人々が、それでも他者への慈しみをもって交流する様は心打たれるものがあります。

● 『対岸のメル 幽冥探偵調査ファイル 1』福島聡(KADOKAWA)
 福島聡先生のリアリティに溢れながらも、現実とはボタンを掛け違ったような世界観はとても魅力的なのですが、とっつきやすい設定や説明しやすいカタルシスとは無縁な作風なので、共有と共感の今の時代には向かないのかもしれません。それでも一度読んでもらいたい漫画家のひとりです。

アクセス